First Love -15th Anniversary Edition- (期間限定生産盤)(DVD付)
First Love - 1999.4.28/1位/765.0万枚
【収録曲】
01.Automatic -Album Edit-
02.Movin' on without you
03.In My Room
04.First Love
05.甘いワナ ~Paint It, Black
06.time will tell
07.Never Let Go
08.B&C -Album Version-
09.Another Chance
10.Interlude
11.Give Me A Reason
12.Automatic -Johnny Vicious Remix-

"最後のキスはタバコのflavorがした"―いや、あなたまだ未成年でしょ。セールスだけで考えれば日本で一番多くのリスナーに聞かれた曲ということになるこの「First Love」に、そんな突っ込みを入れたことがある人、結構いるんじゃないでしょうか。確かにこの曲を作ったのも歌っているのも、当時まだ16歳の少女であったという事実は我々リスナーにかなりの衝撃を与えたわけですが、その後ブログだったか雑誌のインタビューだったかで「あれは想像で書いた曲」というような(本当か嘘かは分からないけど)反論をしていた記憶がある。そこからひも解いていくと、このアルバムは稀代のシンガーソングライター・宇多田ヒカルの始めの一歩にして、宇多田光というひとりの少女の、素の部分が最もよく表れている作品と言っていい。

割と各方面で公言しているのだけど、彼女は元々ミュージシャンはおろか音楽を生業にしようだなんて考えてもいなかった、寧ろミュージシャンなんかに絶対なってやるものか、と思い育ってきたという。それは主に母であり歌手であった藤圭子の、スタジオ代を捻出するために家財道具や車を家族に何の断りもなく手放したり、たびたび情緒不安定になる姿を見て、ミュージシャンという不安定で自分の心身を削らなきゃいけないような仕事には絶対に就かない、と幼少のころから心に誓って生きてきた、という。
そんな少女が幸か不幸かその母親に才能を見出されてしまい、右も左も分からぬうちマイクの前に立たされ、両親とユニットを結成し不本意にも歌手デビューを果たす。あれよあれよという間に神輿に乗せられた彼女は、日本のディレクターにも目を付けられ、話の流れでなんとなく日本でもデビューし、そしてそれがよもやまさか日本中を巻き込む一大ムーヴメントを巻き起こす。
デビューシングル「Automatic」累計約200万枚、セカンドシングル「Movin' on without you」累計約130万枚、そしてこのファーストアルバム「First Love」累計約770万枚、リカットシングル「First Love」累計約80万枚。ただ有名人の両親の元に生まれたというだけで、どこにでもいるハイテンションで快活な少女であった彼女は、自身のその稀有な感性をフィーチャーされたことにより、若き天才シンガーソングライターとして何百万、何千万という大衆の渦にある日突然ぽんと放り込まれてしまった。しかしこの頃出演していた歌番組で、彼女は「テレビとかで自分が出てても、自分じゃない感じ」と、自分がそうした日本中の音楽ファン―のみならず、道行くほとんどすべての人間が自身の音楽性、そこから浮かび上がる彼女のプロフィールに注目しているという事実に、あまり自覚がないというような発言をしている。

このようなエピソードから類推して、宇多田ヒカルは究極のマイペース少女であり、肝の据わった大した女である、ということを言いたいわけではなく(しかし実際そうですけどね)、要するにこの「First Love」はまだ彼女が"宇多田ヒカル"ではなく"宇多田光"であった頃の作品集である、ということ。何の気負いもなく情熱もなく、ただ筆荒びで描いたデッサンに周囲の大人が圧倒されて、本人そっちのけで勝手に盛り上がって無断で絵画展に出品してしまったような、そんなアルバムであると。
なので「こういうことを表現しよう」という、彼女の表現者としての自意識は、このアルバムには無いんですよね。普通どの分野のアーティストでも、何らかの意思や情熱を持って表舞台に繰り出すものなんだけど、この作品にはそれがない。果てしなく無意識かつ純粋、ストレート。こういう音楽がやりたいから、こういうことを伝えたいから、私はこうする、ではなく、身の内に秘めた言葉を、頭の中に鳴り響いたメロディを、そのまま書き起こしてみたらという感じ。
和製R&Bブームの立役者だ、いやあんなものはR&Bではないただの打ち込みポップスだ、歌唱力がある、いやあんな発声はなってない、天才と言われるが、あの程度の曲を書けるライターなどたくさんいる―などなど、図らずもこのアルバムが大ヒットしてしまったがために、評価筋では変にねじれた受け取り方をされてしまったけれども、少なくともこのアルバムは、そうした"天才シンガーソングライター・宇多田ヒカル"的なイメージが確立される以前の段階で制作された作品であって、そうした時に何よりもましてこのアルバムでフィーチャーされているのは小難しい理論などではない、真白なキャンバスに何のテーマも決めずただひたすら自由に無心に絵筆を走らせているような解放感、そこから生み出される彼女の鋭くみずみずしい感性が光る詩作、稀有な作曲能力、吐息混じりで技術的には決して優れてるとは言い難いのに、何故か捨て置けない魅力が漂う唯一無二のボーカル、といった純粋に作詞家として作曲家としてボーカリストとしての良質な部分、それ以上でもそれ以下でもない、と思う。

謎の天才少女として鮮烈なデビューを飾り大ヒットした「Automatic」も、今となっちゃこのアルバムの存在と共にすっかり飽きられてる感があるけど、改めてこの曲の魅力というものを探ると、そりゃ技巧性の高いアレンジだとか、洋楽的で玄人じみたメロディ・コードにさらりと織り交ぜた歌謡感の素晴らしさだとか、色々言いようあるだろうけど、何よりも個人的には、ほろ苦く切ない、だけど煌びやかで甘い恋模様、感受性が豊かで内省的な文学少女の心象風景―を、そのまま切り取ったような詩作、がやはり秀逸だなあと思いますね。

"唇から自然とこぼれ落ちるメロディー でも言葉を失った瞬間が一番幸せ"
"側にいるだけで 愛しいなんて思わない ただ必要なだけ 淋しいからじゃない"

こうしてみるとやっぱり彼女、価値観とか考え方が日本人とちょっと違ってるよなあと感じる。例えばこれユーミンとか吉田美和に同じシチュエーションで歌詞を書かせたら、なんかもっとウジウジしちゃうっていうか、良く言えば日本人らしい奥ゆかしさ、悪く言えばはっきりしないで面倒くさい女、という側面がもっと前に出てきちゃうと思うんだけど、ヒカルちゃんの場合はもう直球、ストレート。私とあなたが一緒にいるのはもう必然なのだ、と素直にばーんと言い切れるあたりが、実にアメリカ的。あと、注目すべきはこのフレーズ。

"アクセスしてみると映るcomputer screenの中 チカチカしてる文字 手をあててみると I feel so warm"

これ、まさに新感覚って感じですよね。手紙でも電話でもない、さりとてポケベルでも電話でもない、スクリーンの中にあなたがいる。しかもこれ、割と色んなシチュエーションで想定できるのがまた凄い。例えば電子メール、例えばSNSに上げられた写真やメッセージ―これが今ならTwitterやFacebook、LINEになるのかな、などなど来たるべき情報化社会に備えた(?)実に秀逸なフレーズ。だってこのフレーズ今後しばらくは古くならないでしょ、ポケベルって何とか、ダイヤル回すって何だよとか、LINEだって3年後にはどうなってるか分からない。一方でこの言葉は、取りあえずコンピューターとネットワークが現役であり続ける限り、普遍的に皆が理解できるキーワードである、と。当時そこまで深く考えてたのかは分からないけど、結果的にこの曲の賞味期限を半永久的にすることが出来たといえるわけで。そしてこの良くも悪くも"今どきの若い子"の視点から生み出された詩作が、彼女の音楽をティーンだけではない、藤圭子の娘というプロフィールから彼女に注目したオジサンオバサンのハートをがっちり掴んだのでは、と。そんなわけで、単なる一過性のムーヴメント、以上の価値がこの曲にはあると思います。はい、皆さんもいい加減飽きたとか言わないで、改めて正座をして聴き込むように。

そしてこれまたいい加減聴き飽きられた感のある「First Love」は、これ多分今のヒッキーには書けないだろうなあって曲。ホント、この頃の純粋無垢な彼女だからこそっていうか。

"明日の今頃には わたしはきっと泣いてる あなたを想ってるんだろう"
"You are always gonna be the one 今はまだ悲しい love song 新しい歌 うたえるまで"

上でも書いたように、本人に言わせてみればこの曲は全てフィクションで想像で書いたもの(―なんか友達の恋バナ見聞きしててインスピレーション得たとか、そんなことも言ってた気がするが、定かでない)らしいが、だろうな、と思う。後の「DEEP RIVER」以降に見られる、振り払えない薄闇というか、慈愛に満ちた幸福な世界の背後に常に押し迫っている孤独と寂寥に怯えているような、重苦しいドキュメンタリー性がこの曲には全くない。もうほとんど米国産ユーミンって趣の、果てしなく広がる少女趣味のユートピアって感じ。だからこの曲が時代を越えて幅広い年代に愛されている、ってのもむべなるかな、と。まさにスタンダードナンバー、しかしこういった側面は以降の宇多田ヒカルの作品では、良くも悪くも徐々に失われていく部分であるので、今となっては彼女のディスコグラフィにおいて非常に貴重な曲でもある―。まあ、自分は「First Love」のヒッキーより「Be My Last」のヒッキーが好きな人間だから、あまり残念な感じはしないけども。

これ以外の曲も、シンガーソングライターとしての職人技というより、何やかんや言いつつ初々しい少女の片鱗が窺えるものが多い。アメリカンハイスクールの光景ってこんな感じなんだろうか、というような「In My Room」(―しかしサウンドメイクは実にクールで完成度高し。傑作ですよね)、泣くのに理由なんてあるかよと言いながら、それでもやっぱり明日からまた生きて行かなきゃならないんだよなあ、という哀切と希望が入り混じった名曲「time will tell」、すでに卓越した作曲能力と少女らしい躍動感と青さに満ちた詩作とのギャップが素晴らしい「甘いワナ」「Another Chance」(―アレンジャーが才気走ってますよね、この2曲は)、一曲一曲の完成度が高いのは確かだが、やはりこれらの楽曲の魅力はこの盤独自のもの、何者にもなろうとしていなかったこの頃の彼女ならではのものである、と思う。
私的ベストトラックはラストを飾る「Give Me A Reason」ですかね。

"何にも縛られたくないって叫びながら 絆 求めてる 守られるだけじゃなく 誰かを守りたい"
"Give me a reason to love you ほんとはワケなんていらない 子供みたいに声をあげて走ろう"

何にも捕われない自由、があるからこその孤独というような切なさや悲しさがこの曲にはあって、「DEEP RIVER」以降の作風にも一番近い気がする。やっぱり彼女にはどこか救われない部分があって、でもだから凡人にはない才能と感性を有しているのだな、芸術家というのはそういうものなのだな、と。

結果的に今作は累計約765万枚という空前絶後のセールスを上げ、若き天才シンガーソングライターとして名を馳せることになるのだが、先述したようにこのアルバムでの彼女は果てしなく無作為であり、ここにおいて宇多田ヒカルという女性の、ミュージシャンの引き出しが完全に開かれていたというと、後から振り返った印象としては全然、という感じ。ここから先は「First Love」のようなスタンダード性を有した少女趣味的世界を歌い紡ぐわけでも、「Automatic」などように和製R&Bディーバの道を突き進むわけでもなく、自身の血肉を削るようにして、内面の不条理や過去のトラウマをそのまま音として歌として昇華する、茨の道を往くヒカルちゃんとなり、そしてそれがそのまま宇多田ヒカルというミュージシャンの表現スタイルの本流となっていく。
とは言え何にせよ、通年ブックオフの買い取りランキング首位独占状態のこのアルバムも、改めて今日聴くと非常によく出来ている名盤であることには違いありません。売り払う前に今一度じっくり聞き込んでみい、と。今更―?と思って避けてきた人も、ワゴンセールからサルベージしてちゃんと聞いてみて、と。要はそういうことです。

≪9/10点≫

M1.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:西平彰・河野圭・Taka & Speedy】 
M2.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:村山晋一郎】 
M3.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:村山晋一郎】 
M4.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:河野圭】 
M5.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:西平彰】 
M6.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:森俊之・磯村淳】 
M7.【作詞/作曲:Gordon Sumner・Dominic Miller・宇多田ヒカル/編曲:河野圭】 
M8.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:西平彰・Taka & Speedy】 
M9.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:西平彰・Taka & Speedy】 
M10.【作詞/作曲:宇多田ヒカル】 
M11.【作詞/作曲:宇多田ヒカル/編曲:西平彰】