unfixable(初回限定盤)(DVD付)
unfixable - 2015.9.30/20位/0.8万枚
【収録曲】
01.unfixable
02.雨月
03.unfixable (Instrumental)
04.雨月 (Instrumental)

我らが中森明菜女王陛下のニューシングルが遂に、遂に世に放たれました。そうは言っても年頭に復帰シングル「Rojo -Tierra-」リリースして以来なのでブランクは8か月程度なんですが、その間マスメディアに煽られようが週刊誌に叩かれようが完全スルーの音沙汰なし状態であったので、なんだか年単位で待ち焦がれた感覚です。アルバム制作が暗礁に乗り上げてるだの、そもそもレコーディングにこぎ着けられる状態ではないだの、相変わらずいい加減な情報ばかりを発信して田舎のヤンキーのように煽りまくってたマスゴミ各社の皆さん、お疲れさま。友達のいとこのお母さんの弟の嫁の友達に聞いた、みたいな信憑性ガバガバな噂話で盛り上がってる暇があるなら作品をしっかり聞けよと言いたい―。と、言うわけで、ええ、今回の新曲もすんばらしいです。更新が遅れた言い訳をするわけじゃないけども、素晴らしすぎて何をどう書けばいいかとひたすら迷宮を彷徨っておりました。取りあえず50歳になってもこんな曲をぽんとシングルで切ってしまうポップシンガーが、まだ邦楽界に存在しているということを日本人はもっと有り難がるべき。

制作陣を全てノルウェーのミュージシャンで固めた「unfixable」―発売前、シングルA面曲としては異例の全英語詞曲、おまけに直訳して「修復不能」という意味深なタイトルフレーズ…というわけで色々な憶測が飛び交っていたけども、蓋を開けてみればなんてことない、これこそが中森明菜という歌手が30年以上、そしてこれからと積み重ねていくキャリアにおいて永年トライ・エラーを繰り返し追及している音楽性、表現スタイルそのものな曲。86年の「不思議」から始まって「CRIMSON」('86)~「Cross My Palm」('87)~「Femme Fatale」('88)~「VAMP」('96)~「SHAKER」('97)~「Resonancia」('02)~「DIVA」('09)と続いてきた一連の音楽路線―疑似洋楽トラックを用いたサウンドとボーカルの融合、簡単に例えれば安室奈美恵が現在進行形で披露している"日本人による日本人のための(疑似)洋楽ポップス"の最新版、とでも言えばいいか。しかしその仕上がりは、単なる過去作の焼き直しやアップデートではない、またひとつ別の次元へ突入したかのような、一応全作品を聴き込んでいるファンの自分でさえ思わず驚いたような新鮮さ、50歳になってもまだ冷めやらぬ彼女の飽くなき探求心への感動を覚える名曲である。

シリアスなピアノの音色が印象的な、北欧ポップスに通じる冷たく乾いた空気を漂わせるサウンド。インストを聴けば分かる、実はバックの演奏はそこまで凝っているわけではない。分かりやすい転調や大袈裟なストリングスが差し込まれているわけでもなく、ひたすら単調なコードを延々と3分半繰り返してるだけなのが、濃霧の向こうからゆらりと立ち上るように響く、繊細かつ澄んだファルセット・ボイスが乗るだけで、暗幕が下り映画のオープニングが始まるようにして、モノクロだった音が淡く彩られる。

物語はこう。イメージとしては、夜明け、もしくは黄昏時の霧に覆われた道を猛スピードで走る車が、イントロが流れ出したと同時にこちらへ向かってくる。歌が始まると視点は、その車を運転する男と、助手席に座る女へと移される。
隣に女である自分を座らせているのにも関わらず、信号を無視してアクセルペダルを踏み続ける男。どんどんスピードを上げる車に、女は一抹の不安を感じる。このままだと事故を起こすかもしれない、このままだと誰かを傷つけるかもしれない、このままだと、いつか私はこの男に、傷つけられるかもしれない。
しかし、男はそんな女の心情にも気付かず、やはりひたすら車を飛ばし続ける。そこで初めて将来を誓い合い、全てを知り尽くしたと思っていた男の本性を垣間見る。恐らく、女が男への疑心を抱いたのは今回が初めてではないのだろう。
"You took a left I took a right Now you see the signs now you realize"―こうなる前に、きちんと向かい合うべきだった。もう私たちは、お互い別々の方向へ走り出している。それは止められない。生きているから、生きていかなければならないから。この恋はすでに破滅の一途を辿りつつある。昔の私ならきっと絶望して、ここですべてを諦めて"unfixable=修復不能"になっていただろう。だけど、今の私はきっと"fixable=修復"することが出来る。
"I'm the instigator never look back I know now what I'm chasing"―今の私は決して振り返らず、ようやく見つけた追い求めるべき"何か"に向けて走り続けているから。マスメディアが書き立てた"修復不能=unfixable"ではなく、私は"修復可能=I'm fixable"なのだとリフレインして、最後に女は男へ別れを突き付け、サイドブレーキを引いたその場で車を降りたのかもしれない、或いは女が別れを決意した矢先に車は事故を起こしてそのまま…かもしれない、物語の結末を明確に描写しないまま、曲は何の余韻も残さず唐突にストップする。いずれにせよ、女―明菜さまは、"unfixable"ではない、"fixable"であるという。ただ破滅に向かうのではない、逆風に抗うだけの力や意思を今の中森明菜は持ち合わせているのですよ、というわけだ。こうしたクールで強かな女性像は、かつての明菜さまの楽曲には見られなかったものである。

歌詞から切り取ってみるとこんな感じ。しかしこの曲は、やはり明菜さまの声そのものを楽しむべきなのではないかな。全体に漂う緊迫した空気感を演出している、何よりの要因はやはり明菜さまの歌声。後述するカップリングの「雨月」もそうだが、とても50歳とは思えぬ透明感のある歌声には改めて驚かされました。色気のある声なのは知ってたけど、この冷徹ささえ感じる澄んだ歌声の魅力は20代の頃の比ではないです。2000年代、40代の頃は年相応に低くなる一方だったので(―それはそれで魅力的であったけども)、ここにきて急に持ち直すどころか進化するとは何事かと思ってしまう。

雰囲気だけならビョークや安室奈美恵などに通じるものがある曲だが、それがただ単に洋楽の真似事に終わらない唯一無二の世界観を有しているのは、これがそもそも中森明菜という歌手の本質であるため。よって、安室ちゃんの真似じゃん、とか発音が云々なんて言い出す人は、明菜さまのことなーんも知りませんと自分で宣言してることと同じなので、そのつもりで。英語なのにフランス語っぽく敢えて一部崩して歌っているところとか、地下駐車場で歌っているようにボーカルが反響するミキシングとか、随所に過去の作品から一貫して引き継いでいる要素が散りばめられております。

カップリング「雨月」は、「DIVA」('09)で主要ブレーンのひとりであった新屋豊による王道バラード。良い意味でホントに王道としか言いようがなく、最初ショートサイズで聴いた時はJUJUあたりが歌ってそうなメロディでどうしたもんかと思ったけども、フルサイズで聴くとやはり良いですね。セールスを優先するならばこちらを表題曲に、タイアップ付きシングルで切るというのが正攻法なのでしょうが、敢えてカップリングに落とし込んでしまう明菜さま、素晴らしいです。やはり明菜さまの歌声が絶品だけども、世に溢れる有象無象のバラードと何が違うのかと言われればそれまでな感じだし、今回はこれで正解かと。

しかしこんなマニアックな曲をシングルで、しかもノンタイアップでろくなプロモーションもしないでリリースして(―少なくとも安室ちゃんでもシングルでは切らないだろう)、初動が約7000枚ってかなり凄くないか。今の時代運が良ければ余裕で10位以内に入る数を捌いております。すみません、女王のアーティストパワーを舐めておりました。制作中のアルバムも楽しみにしております。

unfixable≪10/10点≫
雨月≪8/10点≫

M1.【作詞/作曲/編曲:Hilde Wahl・Anita Lipsky・Tommy Berre・Marietta Constantinou】
M2.
【作詞/作曲/編曲:新屋豊】