bonniepinkletgo
Let go - 2000.4.5/10位/8.3万枚
【収録曲】
01.Sleeping Child
02.Fish
03.Trust
04.Reason
05.過去と現実
06.Tears For Leo
07.Call My Name
08.Run With Yourself
09.Shine
10.Shadow
11.Rumblefish
12.You Are Blue, So Am I
13.Refrain

約一年の充電期間を経てレコード会社を移籍、気持ち新たに再出発でタイトルも「Let go(=解放)」と掲げたBONNIE PINK(=当時の表記はBonnie Pink)通算4枚目のオリジナルアルバム。ブレイクポイントとなった「Heaven's Kitchen」から前作「evil and flowers」と二作続いたトーレ・ヨハンソンとのコンビは一旦解消、今作はサウンドプロデューサーとしてスザンヌ・ヴェガ(米)を手掛けたことで知られる(――そして彼女と結婚・離婚したことでも知られる)ミッチェル・フルームを迎え、前作までの牧歌的でレトロなスウェディッシュポップ路線から、やや乾いた質感のフォーク・ロック路線に大転換。名実ともに新生ボニーピンクを示した一枚であると言える。

彼女の音楽の魅力は、全体に漂う雰囲気の身軽さにあるのではと思っております。ギター担いであちこち歩き回って、ふと頭の中に浮かんだメロディをその場でじゃかじゃーんと弾いた勢いでそのまま曲を完成させてしまうような、小難しい音楽理論や技巧などに捕われず、どこまでも自然体で伸びやか。椎名林檎とは何かとよく比較されるけれども、パーソナルな部分は別としてミュージシャンとしての作風や方向性は――楽曲本体はもちろんビジュアル・ジャケットポートレート・メディア戦略に至るまで徹底して「椎名林檎」を演出する彼女とは、確かに対照的ではあるけれども、同系統のシンガーソングライターとして比較するのはちょっと違うかなと(――系統で言うなら椎名林檎じゃなくCharaの方が近い気がする)。
シンガーソングライターとして稀有である、孤高の才能が備わっている、という表現はちょっと違う気がするのだが(失礼)、その時々でふと頭に浮かんだり興味を惹かれた音楽、表現したい世界を何の装飾もなくそのままアウトプットしていくという活動スタンス――だから彼女のアルバムはほぼ一枚ごとに作風が万華鏡のように変化していくのだが、決して散漫にはならずきちんとアルバム一枚単位でハイクオリティな音楽を完成させている。そういった意味では唯一無二であり、替えの効かない存在であると言える。昔でいったら中原めいこやEPOなどのポジションに近いかもしれない。

そしてこの「Let go」の話に戻る。ここまで長いですね。ボニーピンクと言えばなトーレ・ヨハンソン不在のアルバムだが、これは前作「evil and flowers」と前々作「Heaven's Kitchen」で構築された「赤髪でちょっと頭のネジが飛んでるようなスウェーデンポップの姉ちゃん」というイメージを払拭せんとした結果のようで、今現在ここだけのワンショット契約であったミッチェル・フルームのサウンドプロデュースも手伝ってフォーキーかつロックな音作り――というのは最初に説明した通り、そのためか本作はキャリア史上最も洋楽志向の強いアルバムに仕上がっている。イコール、ここにおいていかにも売れ線の派手な楽曲はひとつもなく、どちらかというと地味で淡々としたコンパクトな楽曲が並んでいる(――収録時間は全13曲で約49分という短さ)。
シングルカットが「Sleeping Child」「過去と現実」「You Are Blue, So Am I」という、揃いも揃ってえらく地味で渋めの楽曲という時点でビターテイストなアルバムであることは明白なのだが、ただ地味なだけでなく、風が吹きすさぶ雄大な大地(――北海道じゃのどかすぎるので、コロラドあたりでご想像を)にぽつんとひとり佇んでいるような、この上ない解放感も漂っている。天井などあるはずもない、どこまでも澄み渡って広々とした空に思いきり手を伸ばしているような爽快さを感じる一方で、その空には決して届くことがない故の切なさ、みたいな少しばかりの哀切も入り混じっていて、これらがなんとも絶妙なコントラストになっていて素晴らしいのです。

前作までの第一期トーレ時代と、今日に至る第二期トーレ時代とに挟まれ、今日あまりスポットが当たらない、インパクトに欠けるアルバムであるのは確かだが、もちろん悪いということはなく、寧ろここでようやくそれまでトーレのオーバープロデュースや過剰なイメージ戦略で押され気味だった彼女の秘めた才能が開花し、ボニーピンクというミュージシャンの魅力(――先に挙げた自然体で、伸びやか~のくだり)がはっきりと表出したような印象を抱く。そういった意味では、彼女のディスコグラフィで最も重要な作品のひとつ、マスターピースであると言えるのではないでしょうか。

〇「Sleeping Child」
――冒頭三曲の流れは神がかってると思います。とは言え、暗く淀んだ空気の中から声が立ち上るこの曲をオープニングに持ってくるのは彼女くらいでしょうね。サビらしいサビもなく、ただ淡々と誰に向けるわけでもなく、恋人に捨てられかけているヒロインの心情をクールに歌い紡いでいく。なんだかテンション低すぎて導入にもなっていないような感じだけど、好きです。
〇「Fish」
――モノトーンな雰囲気で暗いオープニングから一転して爽やかで牧歌的に。コンパクトにまとまったメロディを延々ループさせる、歌謡的な趣など一切ない楽曲である上、「Sleeping Child」から連続して英語詞なので、この段階ではカントリー系の洋楽アルバム聴いてる気分です(――シェリル・クロウとか)。外人作家の楽曲で構成されたJ-Popアルバムよりもよほど洋楽的だし、キュートで切ない甘さを孕んだボニピンの歌声も言うことなし。
〇「Trust」
――これが特にすんばらしい。後述する「Shadow」と並んで個人的には本作のベストトラック。決してスローテンポではないんだけど、どこかまったりと心地よいリズムを刻みながら着実に前へ進んでいくような、解放感に満ち溢れたアコースティックナンバー。メロディの陰陽バランスがかなり絶妙で、やや内省的な詞の世界との相乗効果により明るい雰囲気のサウンドながら、ほろ苦い後味を残すような仕上がり。僕はこういう曲が好きなのです、という自分にとって名刺代わりみたいな曲。どれどれ、と気になる人は聴いてみてください。
〇「Reason」
――いやあ、それにしても自作でこんな洋楽的なアルバム作れる日本人ミュージシャンって、一体どれだけいるんでございましょうか。なんて、そんなことすら言いたくなる、ほのぼのとスローテンポな英語詞曲。聴いてると冗談抜きで一瞬、J-Popアルバムであるということを忘れそうになります。限りなくシンプルで飾りのない、純朴とした旋律がそう思わせるんでしょうな。
〇「過去と現実」
――いくら地味と言えども、これは名曲だと認めざるを得ない。唯一の日本語詞タイトルということで、曲調も意図的にマイナーで翳り成分強め、しかし決して大作バラードにはしないのがボニーピンク。重く哲学的な詞を、この上なく淡々とした旋律・声で紡いでいきます。あまり歌唱力で評価されることのない人だけど、実際ボーカリストとしてもなかなかのポテンシャルの持ち主なのでは、と思える。こういう静かで抑揚のない曲を退屈させずに聴かせるのは、結構難しいことですよ。
〇「Tears For Leo」
――ジュークボックスから流れてきそうな感じ(ざっくり)。自分の少ない音楽知識ではそうとしか表現できないのが悔しい悲しい。でもこういうコンパクトな楽曲にこそボニーの魅力が詰まっているんだと言いたい。何か即興で作ってよー、と冗談みたく言われてはいよーとホントに作っちゃう、みたいな身軽さ。
〇「Call My Name」
――初期からアルバムを辿っていくとお久しぶり、最近のアルバムから遡るとちょっと驚くかもしれない、ハードタッチで力強いロックナンバー。アマチュア時代の椎名林檎が衝撃を受けたというデビューアルバム「Blue Jam」にて、唸るような低音ボイスでブルースロックを歌い倒し業界に登場したお方なので、こういうのもやります。この路線は最近お休みだけど、またやらないのかな。
〇「Run With Yourself」
――前作「evil and flowers」の世界の後日談的な、爽やかなスローテンポのアコースティックナンバー。メッセージソングなのだが暑苦しさ押しつけがましさがなく、あくまで乾いていてリスナーと一定の距離感を保っているのが彼女の良さ。「青春は歩いて来ないのよ それは季節じゃないんだよ」という歌詞に、なんだかとどめを刺された気分になったのは自分だけでいい。
〇「Shine」
――自分に言い聞かせるようなメッセージソングが二曲続くも、やはり鬱陶しさはないですね。曲の仕上がりは高値安定として、聴いてると意外に言葉で表現しにくい声してるよなとしみじみ思う。もちろん良い意味で。ビロードのような滑らかさ、って嘘くさいですよね。
〇「Shadow」
――先に挙げた「Trust」と並んでイチ推しナンバー。彼女の声の一番良いところ(――だから何と表現すればいいのやら)がフィーチャーされてる甘く切ないメロディだけではなまるをあげたい。シャドウと冠しながら果てしなく暖色で明るい、アコギの音色が優しいバンドサウンドも、詞の内容と照らし合わせると逆説的に響く。狙ってやったわけではないだろうが、この相乗効果で言いようのないセンチメンタルが湧き上がってくるのは確か。
〇「Rumblefish」
――「Trust」「Shadow」に次いでお気に入り。切なく揺らぐハイトーンボイスが味。言いようのない浮遊感を漂わせつつも、歌声には芯の強さのようなものが窺い知れる。それにしてもこの人は発音云々以前に「英語がそれっぽく聞こえる声」の持ち主ですよね(――個人的見解としては他に原田知世やブリグリのTommyがこれに当てはまる)。椎名林檎がどんなに英語の発音マスターしようと洋楽的な曲を書こうと、こうはならない。それを自覚してプランBにさっさと移行した林檎さんは賢いぞと――あれ、何の話でしたっけ。
〇「You Are Blue, So Am I」
――アルバムのパイロットシングルにして、実質のエンディングナンバー。こんな渋い曲を先行でシングルカットするって、ある意味ただ者ではないですよ。もっと「Trust」とか「Call My Name」みたいなお誂え向きの楽曲があると言うに。しかしこれでないといけない何かがあったのでしょう。あなたがブルー(=落ち込んでいる)だから、私もブルーになるの、だから笑って――という至極単純なメッセージが、何故か妙な緊迫感を伴って響いてくる。「あなた」も「私」も、ボニーピンク自身だったのかもしれない。名曲。
ラストの「Refrain」はボニーによるアコギインストでしっとりと、映画のエンドロール風に締めます。

≪9/10点≫

M1~M12.【作詞/作曲:Bonnie Pink】
M13.【作曲:Bonnie Pink】