SPOON 【HQCD】
SPOON - 1998.6.17/17位/2.2万枚
【収録曲】
01.ユア バースデイ
02.雨の日は人魚
03.楽園の女神
04.今夜、流れ星
05.帰省 ~Never Forget~
06.祝福
07.雪の花 ~White X'mas~
08.嵐の中で
09.幻惑
10.BLOWING FROM THE SUN
11.花曇り

すっかり会報誌レベルの更新頻度になってしまいました、お久しぶりです。久々のアルバムレビューは予告もしたし、やっぱり明菜さまだよねってわけで今回は98年6月リリース(もうすぐですね……と言える時期に更新するつもりだった)、通算18枚目のオリジナルアルバムである「SPOON」を取り上げます。
97年末にMCAビクターとの契約が切れ、翌98年に「DAM」「ビッグエコー」でお馴染み業務用カラオケ事業の最大手、第一興商が当時新設したばかりのレコード会社「ガウスエンタテインメント」(現:徳間ジャパンコミュニケーションズ)へ移籍。このガウスという会社自体は主に演歌歌手を中心にマネジメントする組織であり、中森明菜より一足先にデビュー以来所属していたポニーキャニオンとの契約が終了した田原俊彦の移籍に際して、傘下にポップス系の専門レーベル「THIS ONE」を併せて新設。明菜さまはここに迎えられた。このように、ポップス分野での楽曲制作ノウハウを持たないガウスに所属してしまったことが、1年後にとある騒動を巻き起こす遠因となったのだが——それはここでは横に置き。
この時点ではワーナーからビクターへ移籍した時のようなトラブル沙汰に発展するようなこともなく(普通はそうだ、とか突っ込まない)、98年1月~3月期に放送された主演ドラマ「冷たい月」は平均視聴率14.2%、最終回は18.0%となかなかの高視聴率を記録(——その割には未だにDVD化されませんね)。主題歌でありガウス移籍後初のシングル「帰省 ~Never Forget~」も累計約10万枚と久々にスマッシュヒット。更にこれより遡ること半年前の97年5月~にはアルバム「SHAKER」を引っ提げたおよそ9年ぶりの全国ツアーを成功させており、90年代以降の様々なトラブルによる屈服を晴らすかのような仕事ぶりで、この「SPOON」も明菜さまとしては恐らく久々に安穏とした気持ちでじっくり制作できたアルバムなのでは(——なんて言いつつ一難去ってまた一難、上に書いた通りこの僅か1年後にガウスに足元掬われる。壮年期の受難ぶりはまさにハリウッドスター級ですね)。

結婚、卒業、誕生日、クリスマスといった四季折々の様々な行事・祭事をテーマに、一年中傍に置いていてもらえるアルバム——じっくり腰を据えて聴き込むというよりは、イージーリスニング的に聴き流せるアルバムをコンセプトに制作したということで、収録されているのは主にスロー・ミディアムテンポの曲が中心。
耳に優しい穏やかなアコースティック(風)サウンド、幻想的なコーラスワーク、ほとんどの曲でファルセットやミドルボイスを駆使して控えめかつ抑揚に乏しい明菜さまのボーカル、など全体通してフェミニンで嫋やかな雰囲気に統一。そもそも収録曲のタイトルフレーズが「人魚」「女神」「雪の花」「花曇り」など、聴く前から何となくしっとりしたアルバムなんだろうと予想できる感じ。
つまりは明菜さまに限らず、一定の歌唱力がある女性歌手なら誰しも大きくは外さないだろう、という安全牌で無難な作品。とも言えるが、だからこそボーカリストとしてプロデューサーとしての中森明菜の実力、アルバム制作手腕の高さがはっきりと浮かび上がってくる作品、でもあるわけです。シンプルだからこそ料理の腕が分かるという、卵料理とか味噌汁みたいなものだと思えばいいかな。

とは言えディスコグラフィ全体を見渡すと——例えばこのアルバムの前後作「VAMP」~「SHAKER」~「Resonancia」など、ひとつひとつ前衛的で濃密な世界観を取り揃えている他の作品と比べると、どうしても地味で霧がかったようなイメージのアルバムであることも事実。特に中森明菜といえばナントカのひとつ覚えのように「DESIRE」「十戒」「北ウイング」だというライトリスナーがいきなりこれ聴いたら、多分色んな意味で死ねると思いますね。こればかりは中森明菜という歌手をどのように捉えているかという問題に発展してしまうけど。
とにかく初心者と、中森明菜という歌手は躍動的な歌謡曲を派手な衣装で華麗に踊りながら歌ってこそナンボ、という考えの人には勧められない一作。逆にこのアルバムが受け入れられるなら、他の大抵のアルバムは……って思ったけどそういうわけでもないか。他にも「不思議」やら「VAMP」やら「Resonancia」やら、控えがたくさんいますからね。だから中森明菜の布教活動って大変なんですよね。
——話が逸れる前にさっさと曲解説に移ろうか。

〇「ユア バースデイ」
——褒めてるのか貶してるのかよく分からない導入でしたが、オープニングは大名曲ですよ。作曲は当時、阪神淡路大震災のチャリティーソングを浜田省吾と組んでリリースしたことで名を上げていたロシア出身のシンガーソングライター・ORIGA(——功殻機動隊やFFのサントラなど、菅野よう子ファンにもお馴染みですかね)で、編曲の梁邦彦氏も浜田省吾のサポートミュージシャンという、謎のハマショー人脈祭り。しかし本作でこのふたりが手掛けた曲はいずれも傑作・佳作なので無問題。つまりは「いっそあなたたちが全部作ってくれれば良かったのに」という……いえ、何でもありません。
いかにも北欧の寒々とした空気が漂う幻想的なコーラスワーク、ブリットポップにも通じるざらついた質感のバンドサウンドなど、これ以前にも以降にもあまり見られないタイプの曲(——あんまり明菜さまが興味なさそうなジャンルというか)。盛り上がるとか泣けるとか覚えやすいとかじゃなく、とにかく「綺麗」という表現がピッタリの旋律で、明菜さまの繊細な歌声との相乗効果で俗世間と隔絶された美しい世界が広がっている。セルフコーラスで合いの手を入れるように歌を展開していくという、何気にコンサートでは扱いにくい楽曲であり(——この合いの手の部分は98年のツアーではどう処理していたんでしょう?何せ映像化されていないもので)、恐らく最初からステージで歌うことはあまり想定していない気がする。この曲に限らずアルバム全体が家でまったりと聴く、聴かせることを前提に作られてる感じ。音源だけでなく衣装や振り付けといった歌番組でのパフォーマンスまでがワンセットだった80年代の頃とはこの時点ですでに色々と違っている。こういう曲を受け入れられるか否かで、90年代以降の中森明菜という歌手への捉え方が分かれると言っていいかも。
歌詞のテーマはタイトル通り「誕生日」なのだが「あなた=Your」が一体どんな人物を指しているのか、恋人なのか、親しい友人なのか、それとも大切な家族なのか、敢えて明確に描写しないことで曲に普遍性を持たせているのと同時に、もしかするとこの「あなた」とは他でもないヒロイン(≒中森明菜)自身そのものなのでは、という解釈も出来てしまえるのがポイント。自分で自分の誕生日を祝う孤独な女性。世界中の誰しもが私を嫌いになっても、私だけは最後まで私自身を信じてあげたい、愛してあげたい、という——って、ちょっと身も蓋もないな。実際はかなり幸福感に満ち溢れた歌詞なのだが、明菜さまの寂しげな歌唱がこの上なく薄幸なオーラを放っているという奇妙なバランス。身を切られるような凄まじい寂寥感を、目前のささやかな幸福で何とか覆い隠そうとしてるような、しかしそこからどうにかして光の差す方向へ這い上がってやろう、という僅かな希望も見え隠れしている、みたいな。何が言いたいのかよく分からなくなりましたが、普通のバースデーソングでないことだけは確かです。個人的には、90年代の活動を代表する曲のひとつであると思う。

〇「雨の日は人魚」
——リスナーそれぞれで評価の差が激しい本作において、割と安定してこの曲は良しとされている印象があるかな。恐らく90年代の全楽曲の中でもそれなりに人気のある部類。「一日続いた雨の日に/あなたに抱かれている」という歌い出しでもうどんな曲かお分かりでしょう。前作「SHAKER」では松本清張ばりにミステリアスで妖艶な悪女を演じていた明菜さまでしたが、転じてこちらはメロドラマのヒロイン風。人魚姫と明菜さまをダブらせるのは何となく分かるんですけど、あまりに凄まじく女性性全開な歌詞のせいか、サビの大袈裟すぎるメロディのせいか、哀愁漂うラヴバラードと言えば聞こえはいいけど全体的にスナック歌謡みたいな印象があって、なぜか好きになれない。明菜さまのこの路線の曲は例えば「黒薔薇」とか「CRESCENT FISH」とか「夜の匂い」とか、特に歌詞を意識せずに音だけ聴いていても立体感のあるイメージを想起させるものが良くて、比べるとどうしてもこれは落ちる……ってかなり無理のあるな、やっぱり音楽の好き嫌いは理屈じゃないです。自分は「駅」が中森・竹内バージョン関係なしに曲自体あまり好きじゃないんだけど、その気持ちと似てる。もしかして自分はファン失格なんだろうか?不安になります。

〇「楽園の女神」
——遡ることかの有名な「ミ・アモーレ」に代表される明菜さまの十八番、ラテンフレーバーのエキゾチック歌謡。分かりやすく高揚感を煽る曲調で、派手を通り越してちょっと下品かなという気がしなくもないけどそれはさておき、もの凄いドスの効いた勢いのありあまるボーカルに違和感。中森明菜が中森明菜たろうとしてなんか妙なことに、という「月華」とか「TOKYO ROSE」とか「花よ踊れ」とか、最近だと「ひらり-SAKURA-」とか、90年代以降たまに繰り出してくる系統の曲で、これらは(個人的には)音源で聴くとイマイチであくまで明菜さまのパフォーマンスありき。しかしこのアルバムを引っ提げた98年のコンサートツアーは映像化されていない、というわけで一番コメントに困る曲。なんか作詞は当時のマネージャーによるものらしいですが、激しくどうでもいいかな。これじゃなくても明菜さまは他にもラテン系の名曲、たくさんあるし。そもそも90年代以降の中森明菜にこういう曲を求めてるのかって言われると、うーん。雲行きが怪しくなってきたけど、次から持ち直します。

〇「今夜、流れ星」
——明菜さまの希望でシングルカットされた儚く切ないバラード。それ以上でも以下でもないと言ってしまえばそれまで。なんか一瞬「セカンドラブ」のセルフパロディに聞こえるだなんて言ってはいけない。明菜さまもこれでチャート1位狙おうだなんて最初から思ってないですよ、きっと。しかし寂しげなギターソロで始まるイントロは結構好きだし、何より全体に漂う不穏な空気、特に平歌の妙な緊迫感には惹かれるものがあります。サビのいかにも歌謡曲然とした仰々しい転調が個人的には惜しいけど、それでも「雨の日は人魚」みたくスナック歌謡に聞こえないのは、やはりこの独特の薄暗い雰囲気のせいだろうな。
歌詞も「苦しいときでもしあわせ/想い出をみて涙~傷も癒された跡が孤独でしょう」の部分なんてまさしく中森明菜という感じでなかなか。傷つけられようが苦しかろうが、愛する人間が傍にいない孤独に比べればそれすら幸福に感じられる、というかなり危険で被虐的な思考ですが、それが明菜さまにとっての「愛」なんでしょうかね(よく分かってない)。ただ全体的に見ると例えば「準備していたわけではないけれど/衝撃さえ物語と受け止めてた」の部分とか、なんか言葉運びのテンポが悪いというか、洗練されてないような感じが聴いてて少しもどかしい。この程度気にしてたら最近の邦ロックとかアニソンとか聴けたもんじゃないですよ、って話なんですがね。ずば抜けた名曲ではないけど、よく聴き込むと随所に光るものが感じられるスルメ曲、そんなところかな。

〇「帰省 ~Never Forget~」
—―割と小奇麗な曲が並ぶアルバムのど真ん中に配置された暗黒絶唱系バラード。良くも悪くもここでアルバムが前半戦と後半戦にぶった切られる。もうちょい曲順何とかならんかったかな、と思ったけどオープニングがこれではあまりにスロースタート過ぎるし何より重い、かといってラストに置いたらそれはそれで後味悪い映画みたいな感じになるから、入れるならここしかなかったんだろう。各所で度々「90年代の中森明菜の代表作」といわれ、確かに様々な角度から語ることが出来るし実際その価値がある名曲だと思いますが、さて何をどう扱おうか。
元々は作曲者の鈴 康寛氏が死んだ友人へのレクイエムとして捧げた曲であり、よって厳密には中森明菜への書き下ろし曲ではなくカバーということになる。地を這うように恐ろしく低いキーで淡々と何かの呪術を唱えるように展開していく平歌、からの仰々しい転調を伴って力強く声を張り上げるサビに突入する。悲鳴のようなストリングスがうねる千住明が手掛けた荘厳な趣のアレンジが見事。——曲そのものの紹介はこんな感じ。しかしここから先、歌詞が彼女の歌手人生といかにしてリンクしてるかとか、魂を削った歌唱で心が揺さぶられるとか、そういうどっかの変なロキノンみたいな評論、もう十分じゃないかと。今更ここでそういうことに言及する必要あるのかと。——なんて、煙に巻こうとしてるわけじゃありませんが、しかし敢えて何か言おうとするならば、やっぱりこの曲はコンサート向けなんじゃないかね、という気がする。現在進行形で生き続ける歌、というか。瞬間パックされた音源で完結するものではない、させてはいけない、というか。そのあたりが同じ系統の「難破船」や「水に挿した花」とは違う部分。ステージに立つ度に自分の血肉を削ぎ落して寿命を縮めてまでも歌に全てを捧げているような、常人にはない凄み(という表現では小さすぎるくらい)のようなものの片鱗を、この音源からは窺い知ることが出来る。ただそれだけ。

〇「祝福」
——みんな待ってた(?)明菜さまによるウェディングソング。どうやら仲の良いお友達が結婚するようで、それに対する「祝福」という、98年という時代を考えてもやや古臭い世界観。88年ならアリだったかもね。「まるで自分のことみたい/心から祝福するわ」——なんて言いつつ、ユーミンなら心の中で悪態をつきまくってくれるところ、明菜さまは決してそんなことはせず実に真っ当な内容。つまんないとか言うんじゃありません。しかし、全体のほのぼのとした雰囲気は嫌いじゃないけど、何をどう楽しめばいいのか困るのも事実でして。「Can You Celebrate?」みたくネタに出来る要素もないしな(するな)。似たようなほのぼの系でも「Angel Eyes」とか「Blue Lace」とかは割と好きなんですが。

〇「雪の花 ~White X'mas~」
——取ってつけたようなサブタイトルがなんか安っぽい印象を与えてしまう、けれどもそれなりに良い曲。この全体的にどこかで聴いたことあるようなないような哀愁歌謡然とした仕上がり、実に順当で突っ込みどころのないウィンターバラード。ただ単に聴き浸るだけならともかく、語るとなるとこういう曲は非常にツライ。というわけで藤原いくろう氏の手掛けた曲って個人的にそんな好きじゃないんだけど、これは変に凝らずにシンプルに音数少なめに仕上げたアレンジがなかなか良いと思う。「愛し君へ」のサントラとか、あとヨン様でお馴染み「冬のソナタ」の有名なテーマBGMは作者が藤原氏のとある曲からの盗作だと認めてるらしいですが、つまりはああいうベタな純愛ドラマで流れてそうな曲を書く人なんだな。この曲も然り。結局、褒めてるのか貶してるのか。

〇「嵐の中で」
——割と真面目な曲が続くアルバムの中で唯一、異彩放ちまくりの怪曲。聴いてると頭の中を一瞬フィオナアップルが通り過ぎていくというかそんな感じで(これはビョークじゃないな)、やっぱりこういう「変な曲」があってこそ中森明菜のアルバムって感じがします、しません?ポップ性皆無で実験的なトラックにエモーショナル・ミステリアスな歌声が乗っかる、これこそ世間の大半が知らない(もしくは忘れた)中森明菜という歌手のもうひとつの魅力。
取りあえずシリアスぶってロングトーンで凄みを効かせながら派手な衣装でくるくる踊ってりゃ中森明菜になるでしょ、と思ってるような人種は滅びるべき。自分もあまり人のこと言えませんが、もうちょい中森明菜を音楽的な側面から語ってほしいなと思う今日この頃。80年代当時だって召喚魔術式シューゲイザーな「不思議」を筆頭に「Cross My Palm」「Femme Fatale」とアルバム単位で語ることいっぱいあるだろうに。聖子ちゃんの「風立ちぬ」をベタ褒めする一方で中森明菜はベストで済ませちゃう、みたいな音楽好きをネット上で結構見かけるんですが、この差は一体何だろうね。大瀧詠一先生の名前はその筋の人には必殺技みたいなものだから仕方ないかね。はぁ~……っとだんだん私怨にまみれた文章になりつつあるので軌道修正。とにかく「雨の日は人魚」みたいな哀愁歌謡と「嵐の中で」みたいなアグレッシブな実験作が同じアルバムに並んでいる時点でこの人はタダ者でない、と分かる。表現し得るジャンルは限りなくボーダーレス。覚えて帰るように。

〇「幻惑」
——86年の「CRIMSON」以来の和製カレンカーペンターこと小林明子による楽曲。彼女も「恋におちて」で知られるようにオシャンティーな曲を書く人だけど、技巧的なORIGA曲と対になるようにこの曲もなかなか凝ってます。こういうのが2曲続くと「あれ、これそんなゆったりしたアルバムじゃないな」と導入部分に書いたことはとんでもなく大嘘な気もしてくる。どんな作品でも一定のスリルを差し込んでくるのが明菜さまですからね。この時期のMISIAあたりが歌っててもおかしくなさそうなクールネスが素晴らしい。ボーカルも力強く地声で唸りながらも「楽園の女神」みたく前のめりにはなっていない、絶妙なさじ加減。そうそう、これこれと言いたくなるほど全方位で安心して聴くことの出来る佳曲ですね。
詞は「抱いたまま眠る人よ/心はいま何処へ」と、どうしても恋人の愛情が自分に向かっていると確信出来ないヒロイン、という百恵ちゃんの「愛の嵐」参考にしたのかなって感じで夏野先生やはり手堅い。さすがは明菜さまが座付き作家に任命しただけのことはある。ただ百恵ちゃんの方のオチは結局「いらぬ心配」であったのが、明菜さまの場合は最後まで救いがないまま終わっていく。悲しいかなこのあたりも「分かってる」って感じ。

〇「BLOWING FROM THE SUN」
——やっぱり「もう全部ORIGAが作ってくれりゃよかったのに」と思えてならない、「ユア バースデイ」「嵐の中で」に次ぐORIGA提供曲、にして傑作。荘厳なオーラを放つ重厚なバラードナンバー。イントロからして他の曲とは違うな、と思わせる。全体通して寂しげなチェロの音色が印象的で、それに絡みつく繊細なボーカルという絶妙なハーモニー。こうやって文字に起こすとありがちに思えるかもしれないけど、実際こういう曲をしっかり歌い切ることの出来る歌手は、声楽出身ならともかくポップスやロックに絞って勝負してる者に限れば、少なくとも日本には滅多にいない。では中島みゆきやら美空ひばりやら、セリーヌディオンやらエンヤやらと対等に張り合えるだけの「技術」が中森明菜にはある、とは(自分は)言い切れない部分があるので、これはもうボーカリストとしての勘が働いた結果、天賦の才能としか言いようがない。勉強しないでもある程度いい点とれるような人が「まだだ、まだ終わらんよ」と延々努力を積み重ねていくんだから、並大抵の人間が敵うはずない。敢えてケチを付けるなら楽曲のスケールに夏野先生の詞が少し押され気味かなと思うけど(——どこかでタイトルフレーズの英語が唐突だ、とか言われてたけど確かに分からんでもない)、些細なことです。

〇「花曇り」
——最後の最後で「ユア バースデイ」に次ぐ名曲が遅れて登場。大作ではないけど、これくらい地味な曲の方が自分は好き。大体アルバムの最後は「これが最後だもってけ泥棒」的な大作バラードもしくは最高潮にポップな曲、それかエンドロールが淡々と流れるようにさり気ないあっさり気味の曲を置くかで分けられると思うんだけど、明菜さまの場合は後者が多いかな。卒業とそれに伴う別れを描いた世俗的な曲なのに、どこかありもしない幻想を見せつけられているような聴き心地は、ORIGAの重厚なコーラスワークと明菜さまの儚い歌声による相乗効果。サビで「silent~」と歌い出す部分の全てが洗い清められていくような感覚はなかなか味わえないですよ。
詞のテーマは先に書いた通り『卒業』という一見陳腐極まりないものだが、現在進行形のバイバイサヨナラではなく、中森版「卒業写真」と言うべき世界観。息苦しい日々の中で、自分の歩む道は無条件に輝いていると、希望があると信じていた過去(卒業の日)に思いを馳せる。「花曇り」とは桜が咲く時期、春の曇天のこと。「あの頃信じてた未来は確かにあった/けれども何故だろう私は少しも変われず」というフレーズは正直かなり耳が痛い。しかし「あの頃」と変わらずに美しく舞う花びらの向こうに、ほんの僅かな光=希望を見出して、未来へ向け再び歩き出す。こうやって書き出すとオープニングの「ユア バースデイ」と微妙にリンクしてる?ような。ただの偶然かな。何にせよエンディングに相応しい詞世界ですね。

——とにかく「ユア バースデイ」に始まり「花曇り」で終わる、という構成が完璧。これだけで自分はもう全部許せる。この際「楽園の女神」とか「祝福」には余裕で目を瞑りますよ。地味で取っ掛かりのないアルバム、という見方も出来てしまえるけど、こういう淡々とした静かな世界にある種の緊迫感というか凄みを演出できる歌手は珍しいからね。

≪8/10点≫

(※個人的には9点でもいいんですが……客観的に見るとこれくらい。前半部分が惜しいかな)

M1,M8,M11.【作詞:夏野芹子/作曲:ORIGA/編曲:梁邦彦】
M2.【作詞:夏野芹子/作曲:松田博幸/編曲:白川雅】
M3.【作詞:佐竹正児/作曲:アルベルト城間/編曲:藤原いくろう】
M4.【作詞:夏野芹子/作曲:宇都美慶子/編曲:白川雅】
M5.【作詞:鈴康寛・atsuko/作曲:鈴康寛/編曲:千住明】
M6.【作詞:園田利隆/作曲:アルベルト城間/編曲:藤原いくろう】
M7.【作詞:夏野芹子/作曲/編曲:藤原いくろう】
M9.【作詞:夏野芹子/作曲:小林明子/編曲:藤原いくろう】
M10.【作詞:夏野芹子/作曲:ORIGA/編曲:藤原いくろう・白川雅】