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Replica - 1990.4.21/50位/0.9万枚
【収録曲】
01.ひとときの未来
02.アネモネの記憶
03.さよならの嘘
04.刹那で踊りたい
05.夜明けをほどいて
06.月夜
07.空を見上げて
08.フレンズ
09.恋はやさしく
10.銀色海岸 ~Mind Lithograph~

90年4月発売、河合その子7枚目のオリジナルアルバム。結果的に彼女は同年末にベストアルバム「sonnet」を発売して音楽活動休止を宣言、その後94年春に後藤次利と結婚しそのまま引退となったため(――実際はそれより以前に事務所を退社し、結婚発表の時点ですでに引退していた模様)、7枚目にしてラストアルバムでもある。
前作「Dancin' In The Light」では4/10の割合で本人が作曲を手掛けていたが、今作では遂に全曲担当。デビューから僅か5年足らずでアイドルからアーティストへ、そして遂にはシンガーソングライターとなってしまった彼女だが(――しかもスタートはおニャン子クラブ)、では肝心の内容はと言うとこれが驚くほどよく出来ていて、前作に収録されていた自作曲と比べて劣るどころかクオリティは更に上がっている。本人曰く、アルバム一枚を通して雨の日の薄暗さや翳りを想起させるようなイメージで作ったということで、基本的には落ち着いたバラード~ミディアムテンポ系の楽曲で統一されているのだが、アルバム全体の流れが単調になってしまっている印象はなく、ドラマやCMタイアップ付きのシングルで切っていたら確実にヒットしていたであろう、カラオケ映えするようなバラードや爽やかで自然体な魅力が光るメロディアスなポップナンバー、前作での外人作家によるブラコン・AORサウンドの延長にあるエキゾチック路線の楽曲など、バラエティに富んだ構成。改めてシンガーソングライターとしての彼女の優れた手腕が窺えると同時に、尚更これが最後の作品になってしまったことが惜しまれる、今後の更なる展開への期待を煽るような、非常に秀逸なアルバムなのです。

〇「ひとときの未来」
――繊細で伸びやかなファルセットを披露するボーカルが今井美樹に激似で驚くオープニングナンバーで、トレンディドラマの主題歌のような貫禄を備えた名バラード。本作では唯一本人が作詞も手掛けている曲だが、タイトルからなんとなく想像がつく通り、不倫の恋を歌ったもの。上品な憂いを孕んだマイナー調のメロディと、武部聡志による退廃的でドラマチックな打ち込みサウンドが、全体に漂う妙なリアリティとそれに伴う緊迫感を絶妙に演出していて完璧。「あなたのそばにいられるなら他に何もいらない」と虚ろな声で歌い上げる歌声には少し恐ろしさを感じたりもするが……詩の世界観そのものは若い女性がカラオケで歌って素直に自己投影出来そうな、小泉今日子「あなたに会えてよかった」や中山美穂「ただ泣きたくなるの」などと同系統であり、シングルカットして然るべきプロモーションを打ち立ててればミリオンヒットも十分狙えたと思う。埋もれたままではもったいないです。
〇「アネモネの記憶」
――ニュートラルで気怠いボーカルが印象的な傑作ナンバー。シンプルかつ美しい旋律を淡々繰り返しているだけなのに、ここまでドラマチックに感動的に響くのは本人の歌唱力あってこそ。基本的な歌声は坂井泉水や今井美樹らと同系統の爽やかお姉さん系なのだが、彼女たちに比べて女性特有の色気、妖しさのようなものが低音に漂うのが最大の個性かつ武器。一方で「遠ざかる想い出を大切にしているの」という意味深なフレーズを無感情に歌う部分が、ひょっとしたらもうこの時点で引退考えていたのかな――と聴いていて少し寂しくなるのも事実だったりしますが、曲の評価には関係ないことです。
〇「さよならの嘘」
――オープニングから2曲続けてゆったりとした聴き心地であったが、ここからしばらくはエキゾチックでアダルティな世界観のシティ・ポップ/AOR調の楽曲で攻める。この曲は深みのある低音を駆使したその子さんのボーカルによって、深遠で心地よい空間が広がっている。序盤がジャズ調でお洒落にゆったり歌い流すのかと思いきや、三段跳びのように徐々に盛り上げていくドラマチックに畳み掛けるような展開のメロディは聴いていて気持ちいいです。
〇 「刹那で踊りたい」
――曲全体に黒光りしてるような妖しさが漂う華美な名曲。鮮やかな軌道を描くように流麗なその子さんの歌声に、ただひたすら聴き惚れるのみ。メロディアスで哀愁漂うサビで聴かせる、情感に溺れ切る一歩手前といった感じで鬼気迫るように揺らぐファルセットがとにかく美しいのです。特に「刹那で抱きしめて 私を抱きしめて」と涙腺決壊の端境を行きつ戻りつするような絶唱が聴きどころ。シリアスで硬質なアレンジとのバランスも絶妙で、ネオン街の路地裏といった趣の独特な薄暗い雰囲気も堪らないですね。
〇「夜明けをほどいて」
―― スパニッシュテイストで乾いた空気感がこれまでにない新境地。やはりこれも名曲。情熱的に張り上げるロングトーンからクールで冷徹なウィスパーボイスまで、変幻自在に操る抜群の歌唱力を堪能出来る(――と言っても分かりやすくうわっと張り上げているわけではない。あくまで表現としての話)。無理な転調を差し込むことなくあくまで自然な流れで高揚感を煽るメロディラインは、派手さはなくともメロウで優雅な品格が備わっていて、作曲家・河合その子の個性とも言える素晴らしさ。中盤「Ah たったひとつ誓って今~」とダイナミックに転調した後に、そこから更になだれ込むようにサビに突入する部分は、彼女の伸びやかな歌声も相まってまさにカタルシスといった感じ。
〇「月夜」
――幅広いジャンルの楽曲に対応出来るボーカルコントロールの巧みさと、作曲家としての引き出しの多さを披露して、ここからはスタンダードな良質ポップスが並ぶ。この曲はオリエンタル風味のアレンジが幻想的な虚構美を演出しているバラードナンバー。子守唄のように穏やかで優しげなメロディを延々と繰り返して、何度か思わせぶりな転調はあるのだが最後まで突き抜けぬまま終わる。まるで紺碧の水中をたゆたうかのような、地に足が付いてない感覚のルーズな雰囲気。曲の最後は"あなたと夢を見るの"と結ばれるだが、意識を手放せば最後、二度と目を覚まさないかのような、閉鎖的で美しい世界。傑作。
〇「空を見上げて」
――これはシングルカットしておくべきだったのでは。キャッチーなメロディと分かりやすく単純な楽曲構成、嵐が去った後の雲ひとつない澄み渡った空のごとく伸びやかで爽快な空気感、まさに90年代に隆盛を極めたガールポップの世界。夢を追いかけるあなた、黙って見送る私、離れていても同じ空の下で生きていることを忘れないでね――という典型的な人生応援歌であり、ZARDとかELTあたりの爽やか系J-POPが好きな人は必聴と言える。煌びやかなファルセットはもはや女神の歌声、癒やされます。
〇「フレンズ」
――とは言え、同じスタンダード路線でも自分はこっちの方がお気に入り。何と表現すればいいか、ここでアルバム終わってしまっても何ら違和感のない、例えるなら映画のエンディングテーマのような、脳内で意味もなく黒一色背景にエンドロール流したくなるような終末感溢れるバラードナンバー。儚く切ない表情の歌声と涙腺を刺激するように感動的なメロディは、もうほとんどジブリ映画のサントラ状態である。「涙をふいてね」なんて優しい声でその子さんに歌われた日には、余計泣けるってもんです。聴いてると何故か「いつも何度でも」を思い出すのは――自分だけですね多分。
〇「恋はやさしく」
――しかし、アルバムはもう少し続くのです。締まらない印象はなく、次の「恋はやさしく」は「ひとときの未来」のアザーサイドといった趣の世界で盤石。「会えない日も あなたを感じてる」という歌声に漂う薄幸オーラには凄まじく惹かれるものがあります。本作のジャケットワークや当時のライブ映像などに収められた彼女の姿を見ると、かつての避暑地を遊歩する幻の美少女といった趣の可愛らしい雰囲気はどこへやら、何やらただならぬ情念と凄みを感じさせる妖艶で危うい、かつ華やかで凛々しい佇まいであり、繊細なガラス細工のような美しさが歌声にも滲み出ている。
〇「銀色海岸 ~Mind Lithograph~」
――ラストアルバムのラストナンバー。ぐうの音も出ない名曲で、迷わずベストトラック認定。雨上がりの灰色の空の下で銀色に光る静かな海を眺めながら、物想いに耽るヒロインを描いた詩作。前作収録の「海の足跡」の後日談という解釈も出来る。生まれてから今まで歩んできた道のりをふと振り返った時、本当にこれで良かったのだろうか、そしてこれからも――という、迷いや不安が胸をよぎる。あなたが確かに私を心の底から愛し、見守ってくれていることを知っているからこそ、このままではいけないとあなたの元を離れひとりで生きていくことを決めた。ほとんど彼女から我々リスナーへの別れの言葉にしか聴こえない曲であって、最後に「心の奥を彩るすべてが 輝きだす」だなんて歌われてしまうともう、泣くしかないでしょう。楽曲自体もラストを飾るに相応しいメロディアスなバラードで、何となく土曜ワイド劇場のエンディングテーマって感じ。

河合その子=おニャン子クラブ出身のアイドル、というのが一般的なイメージなのだろうが、シングルレビューでも紹介したように、彼女は元々ソニー主催の楽器が弾けることが必須条件の若手ミュージシャン発掘系オーディションで準優勝したことがデビューのきっかけであり(――川島だりあや谷村有美らも同オーディション出身者である)、本来なら杏里や竹内まりや、上田知華のように若手実力派ミュージシャンとして売り出されるべき逸材であった。
現にこのアルバムに収録されている曲は、その全てが良質で聴きやすいガールズポップ(=J-POP)の傑作である。ドラマやTV-CFと連携し、歌番組に出演して、ファッション雑誌などでお洒落に語らい、その優れた才能と稀有な美貌をもってして今井美樹やZARD、森高千里らとヒットチャート上位を争い、90年代の邦楽界におけるトップアーティストとして君臨する――。
決して戯言ではない、河合その子という歌手はそれだけの実力と大衆性を持ち合わせていたし、ヒット曲が歌番組ではなくタイアップから生まれる時代に移り変わり、ニューミュージック系を筆頭に自作自演歌手の地位が一気に底上げされた90年代こそ、彼女が輝ける時代であったはずであった。まさにこれからという時期に、彼女は音楽活動に見切りをつけ、職業作家という道を選択することもなく、さっさと引退して家庭に入り、第二の人生を歩むこととなった。ある意味では女性としてかなり賢い生き方なのだろうが、後追いファンの勝手な言い分としては、もっとあなたの音楽を聴きたかった、活躍を見たかったというのが本音。残された作品の完成度の高さに準じて、彼女の引退が惜しまれてならない、90年代J-POPの隠れた名盤。

≪10/10点≫

M1.【作詞/作曲:河合その子/編曲:武部聡志】
M2,M3.【作詞:森本抄夜子/作曲:河合その子/編曲:小林信吾】
M4,M5.【作詞:谷穂ちろる/作曲:河合その子/編曲:小林信吾】
M6,M10.【作詞:森本抄夜子/作曲:河合その子/編曲:武部聡志】
M7.【作詞:谷穂ちろる/作曲:河合その子/編曲:安藤高弘】
M8,M9.【作詞:谷穂ちろる/作曲:河合その子/編曲:佐藤準】