sonokorougeetbleu
Rouge et Bleu - 1987.7.22/6位/5.2万枚
【収録曲】
01.ジェシーの悲劇
02.サイレント リベンジ
03.乾いた地図
04.哀愁のカルナバル
05.雨の木
06.シャングリラの夏
07.赤道を越えたサマセットモーム
08.泣き虫たちのトゥシューズ
09.ときめき
10.ロマンスの行方 (LP Version)

87年7月発売、河合その子4枚目のオリジナルアルバム。表面的には「素人姉ちゃん集団」というコンセプトであったおニャン子クラブのメンバーにおいて、元は演歌歌手志望であった城之内早苗と並び、実は凄まじい歌唱能力と高い音楽センスを持ち合わせていた本格派であった河合その子だが、そうしたアーティストとして天性の才能が作品に反映されるのはこのアルバムからと言っていい。周囲のスタッフに強いられていたぶりっ子アイドル時代と、以降の自我に目覚めた本格アーティスト路線との端境の作品でもあり、後藤次利のサウンドプロデュースによるデビュー以来のフレンチ歌謡路線の集大成として、デビューアルバム「SONOKO」から前作「Mode de Sonoko」までの一連の作品群における「なんちゃっておフランス」要素はどこへやら、クラシカルな気品が漂う洗練された楽曲群と、秋元康を中心とした壮大かつ幻想的なラブロマンス映画のような歌詞の世界観を、前年のシングル「悲しい夜を止めて」からいよいよ本領が発揮され出した、低音から高音まで自在に操り様々な声を使い分ける圧倒的な歌唱力でもってして完璧に表現しきっている。
彼女の歌の上手さというのは、声量があって音程が正確でピッチも安定していて、という基礎的な部分がしっかりしているのはもちろん、意外にもどっしりと芯の通った声質でファルセットやビブラートがヒステリックにならず艶やかに響き、またさすがぶりっ子アイドルを演じていだけあって声の使い分けの振り幅も昨今のアイドル声優ばりに大きく、とても同じ歌手とは思えぬ程に各曲それぞれで全く趣の異なるボーカルを聴かせてくれるのが特徴。次作以降のシンガーソングライター路線では、甘いセンチメンタルが漂うファルセットや意図的なあどけなさを狙った萌え系ボイスは完全に封印されるので、歌唱の面でもフレンチアイドル路線の終着点といった仕上がり。

〇「ジェシーの悲劇」
――先行シングル「JESSY」の歌詞・アレンジ違いで、更にスリリングでダイナミックな仕上がりとなったリード曲。この重厚な世界観には早速圧倒されます。6分近い演奏時間が短く感じるほどの息も吐かせぬ劇的な展開と、聖子ちゃんから頭のねじ2、3本飛ばしたような初期の超ぶりっ子ボーカルは一体何だったのかと言わんばかりに情感込めまくりで大迫力なボーカル、「JESSY」のアザーサイドといった趣の詩の世界など、そのまま本作のイントロダクションの役割を果たしているように厳かで神秘的な翳りを孕んだ華美な大名曲。ゴツグのアレンジは同時期の原田知世「彼と彼女のソネット」の質感に近いが、それより更にドラマチックで壮大に、気分はまるで中世ヨーロッパの演奏会、もはやポップスというフィールドを超越してクラシック音楽を彷彿とさせる。曲中最大の山場と言える「ジェシー」のリフレインもシングル盤とはまた印象が異なり、まさに一声入魂といった感じの強靭な絶唱でリスナーを虚構の世界へ誘ってくれます。
〇「サイレント リベンジ」
――映画のワンシーンを切り取ったような緊張感漂う歌詞が印象的なミディアムナンバー、これも傑作。友人の車の助手席に何故恋人が、という三角関係を歌った曲で、抑え気味で淡々とした無感動なボーカルがサビを締める「Silent Revenge」という呟きで一転、湧き上がる激情を湛えたような凄みのある低音に切り替わる部分にはただ者でない表現力が窺い知れます。
〇「乾いた地図」
――シングルカットも予定されていたという、ラテンテイストの躍動的な佳曲。失った恋を振り切るように列車に揺られるヒロインの無感動な心境を、盤石の歌唱力で表現。いかにも絵空事な歌詞の世界へ、純粋にリスナーを陶酔させることが出来るのは彼女の圧倒的なビジュアルが成せるワザかも。いや、絶対にそうだ(何)
〇「哀愁のカルナバル」※リミックス
――アルバム収録にあたり、本人の意向によるリミックスが施された6枚目のシングル。曲紹介はシングルレビューの記事を参照していただくとして、アルバムバージョンでは跳ねる様に軽やかなハイトーンボイスや、フルパワーで唸るような低音を自在に使い分ける盤石の歌唱がより楽しめる音響になっている。翳りと憂いを孕んだ透き通って美しい歌声は、まるで天界から降り立った女神様のよう……大丈夫、正気ですよ。
〇「雨の木」
――ヨーロピアンでエレガントな世界観が展開されている本作のハイライトとも言える、優雅なスローバラード。大江健三郎の長編小説「「雨の木」を聴く女」に触発されて秋元先生が作詞、と言うのはあくまで箔付けと雰囲気作りのための体裁って感じでイマイチ小説との関連性は薄いのだが、恋を失い孤独に打ちひしがれるヒロインを雨の木に重ね合わせて、というなかなかロマンチックで幻想的な仕上がりなのでこれはこれで素晴らしく、彼女の煌びやかな歌声をフィーチャーした流麗なメロディも絶品。
〇「シャングリラの夏」
――フランスのリゾート地"サントロペ"を舞台に展開されるデコラティヴな世界観の歌詞と、地中海沿岸周辺の黄昏時の美しいコントラストが湧き立つようなシリアスでドラマチックな曲調が魅力の大傑作。全体に漂う日本人にはあまり馴染みのない南欧の空気感は少し突飛に感じられるかもしれないが、そこはさすが「歌うリカちゃん人形」を地で行くその子さまなので、豊富な声量を駆使した迫力のロングトーンと耳元で囁くように艶やかな低音とを絶妙に使い分け、まさにコート・ダジュールの紺碧の海をバックに幻へと消えゆく美少女といった佇まい(分からん)でリスナーを酔わせます。
〇「赤道を越えたサマセットモーム」
――イギリスの小説家であり、太平洋戦争中は軍医・諜報部員としても活躍したという「サマセット・モーム」をタイトルに冠した曲。実際はサマセットモーム関係なしにただの穏やかな航海日誌みたいな歌詞――は、もちのろん秋元康先生によるものです。一人二役で掛け合いを披露する部分には元・おニャン子という肩書をようやく思い出させるかな。
〇「泣き虫たちのトゥシューズ」
――タイトルそのままバレリーナの嘆きといった感じの歌詞で、ここまでのアーティスティックで格調高い名曲群から続けて聴くと若干浮いてしまっている感は否めない……んだけども、この2曲では「涙の茉莉花LOVE」の頃を彷彿とさせる、意図的に甘えるようなぶりっ子全開のアイドル声優的ボーカルアプローチで歌っていて、「ジェシーの悲劇」「シャングリラの夏」などと聴き比べて、とても同一人物とは思えない歌唱表現の振り幅の大きさで補って余りある。どこまでも突き抜けていくような圧巻のロングトーンや伸びやかなファルセット、ドスの効いた低音だけでなく、ひっくり返りそうな危うい裏声や、頭の上から空気が漏れ出してるように間抜けで可愛らしいキャンディボイスまで、引き出しが豊富で全て自由自在、それが河合その子という歌手です。
〇「ときめき」
――そこから一転、出だしから奥行きのある低い歌声を聴かせる。とは言え「サイレント リベンジ」「哀愁のカルナバル」などとはまた違った趣で響かせるアプローチで、ええ、参りました。ブルージーで哀愁を帯びたメロディと、今の恋人を精一杯に愛しながらも初恋の人をふと懐かしく思い出してみたりもする、というメランコリーな詩の世界が見事に噛み合っていて秀逸。
〇「ロマンスの行方」※LP(アルバム)バージョン
――ラストは軽快で開放的なポップナンバー。シングル「哀愁のカルナバル」のB面で、アルバム収録にあたりボーカルを再録。メロディ・アレンジ共にあまり古さを感じさせない良質のアイドルポップス、といった感じでシングルバージョンではぶりっ子モード全開で歌ってましたが、こちらではやや抑え気味のミドルボイスでアプローチ。本当に声の使い分けが上手い人だなと思うのと同時に、ここまで引き出しが多いと器用というより器用貧乏って感じがする。

このように、アルバム一枚を通しヨーロッパの石畳の街並みを遊歩する良家のお嬢様、という絵画のように徹底して虚構的な美しい世界観が構築されていて、各曲のクオリティの高さや全体の構成、どこを見ても文句の付けどころのない完璧な名盤でございます。どれもアルバムの流れで聴くことでそれぞれの魅力が光る曲だが、敢えてベストトラックを選ぶとしたら「ジェシーの悲劇」「雨の木」「シャングリラの夏」あたりの、曲だけでなく彼女の圧倒的なビジュアルと高い歌唱能力をもってして成立する、優雅な気品で魅せる楽曲群が特に素晴らしいですね。
次作「Colors」以降はいよいよ彼女はセルフプロデュースの道を極めた本格派のアーティスト路線へ突き進んでいき、もはや完全なる別人格と化してしまうため、完成度の高い和製フレンチの名盤としてはもちろん、アイドル・河合その子が辿り着いた最終地点としても、聴き応えがあって感慨深い一枚と言える。

≪10/10点≫

M1,M2.【作詞:川村真澄/作曲/編曲:後藤次利】
M3,M9.【作詞:芹沢類/作曲/編曲:後藤次利】
M4~M8,M10.【作詞:秋元康/作曲/編曲:後藤次利】