akinafemmefatale
Femme Fatale - 1988.8.3/1位/26.9万枚
【収録曲】
01.Reversion (Desire)【作詞:道行恵/作曲:DINA MILLER.ALAN GORRIE/編曲:SCOTT WILK】
02
.Heartbreak【作詞:青木久美子/作曲:葛口雅行/編曲:JON LIND】
03
.抱きしめていて (Love Is My Favorite Lesson)【作詞:冬杜花代子/作曲:JULIE MORRISON/編曲:MARK GOLDENBERG】
04.Femme Fatale【作詞:青木久美子/作曲:NICK WOOD/編曲:JON LIND】
05.I Know 孤独のせい【作詞/作曲:QUMICO FUCCI/編曲:MARK GOLDENBERG】
06.La Liberté【作詞:森由里子/作曲/編曲:JOEY CARBONE】
07.So Mad【作詞:冬杜花代子/作曲:関根安里/編曲:SCOTT WILK】
08.Paradise Lost (Love Is In Fashion)【作詞:森由里子/作曲:ROBERT ETOLL.MICHAEL DES BARRES/編曲:MARK GOLDENBERG】
09.Move Me (Strictly Confidential)【作詞:蔦田佳子/作曲:ROBERT ETOLL.PETER BLISS/編曲:SCOTT WILK】
10.Jive【作詞:QUMICO FUCCI/作曲:都志見隆/編曲:三宅純】
※「JIve」を除き全曲コーラス・アレンジに椎名和夫が参加

88年8月発売、中森明菜13枚目のオリジナルアルバム。これまでにも見え隠れしていた彼女の洋楽志向の極致にあるアルバムであり、全曲ロサンゼルス録音、作家陣も現地のアレンジャーやミュージシャンを積極的に起用している。結果、明菜さまの全作品中では最も洋楽志向の強い一枚に仕上がっている。歌謡曲でもない、J-POPでもない、しかし完全なる洋楽でもない、純日本製の歌姫・中森明菜と海外の名だたるミュージシャンとの交流を経て生まれた、極めて完成度の高い"擬似洋楽"の世界がここには広がっている。

「DESIRE」のような歌謡ロックや「歌姫」シリーズに代表される歌謡曲のカバーを筆頭に、多くの人は中森明菜という歌手にはどことなく和風なイメージな抱いているんじゃないか、と思うのだが実際のところは彼女が最も影響を受けた歌手としてディスコ・ミュージックの女王と呼ばれたドナ・サマーを挙げているように、彼女の音楽性のルーツはそうしたブラックミュージック、洋楽にあると言っていいだろう。このアルバムはそうした彼女の根底に眠る洋楽志向の表れのひとつなのだが、何より特筆すべきは彼女のボーカル。アップテンポ系の曲で「うわあぁぁぁ」っと広がる大迫力のロングトーン、スローテンポやバラード系でのしっとりと包み込むような、濁音や語尾の抜けの良さにも気を使った繊細な歌唱法など、このアルバムに辿り着くまでに様々な試行錯誤を経て着実にボーカリストとしての実力を磨いてきた成果がここに来てひとつの結果として表れている。曲ごとの歌い分けはもちろん、一曲の中で様々な声を使い分けながら、くるくるとボーカルの表情が変化していく。

イントロからしてすでに音の雰囲気が違うと感じさせるトップバッター「Reversion」は、いかにも洋楽っぽい変則的なメロディの曲、自分にはよく分からないのだがアレンジは当時アメリカで新開発された"シンクラヴィア"というコンピュータを使用している。そしてこれを歌いこなす明菜さまのボーカルのまた素晴らしいこと。恐らく意図的なのだろう、まず"サ行"がふわあっと吐息に乗せて拡散していくような歌い方で全く刺さらない。そして語尾もフレーズ毎にきちんと歌い分けていて例えば「あなたが憎いわ」と諦めの溜息のように切ったかと思えば、次の「けれどあなたの愛だけが(~欲しいの)」では感情が爆発するようにがあぁぁぁっと広がる。そうかと思えばサビでは一転してまた少し抑えたボーカルで歌い、タイトルコールで再び爆発。これも一番と二番で微妙に歌い方を変えている。一曲目からそんな二転三転する明菜さまのボーカルに圧倒されたところで次の「Heartbreak」は、日本人作家による曲のためか分かりやすくキャッチーなメロディと繊細なボーカルが特徴的。良い意味での"軽さ"を伴って響くボーカルが良い味を出している。マドンナの「Crazy For You」を手掛けたジョン・リンドによるアレンジは、当然だが歌謡曲的なベタつきが一切ない。いい曲です。「抱きしめていて」は終盤のサビの繰り返しがもうほとんど洋楽、それを歌う明菜さまのボーカルはアルバム中で最も色っぽい。これが決して下品にならずに寧ろある種の高貴さを伴って響くのはもう才能としか言いようがない。

そしてフランス語で"運命の女"という意味を持つ表題曲「Femme Fatale」は少し翳りのあるスローテンポ系の楽曲で明菜さま本人もお気に入りの一曲。マイナーな感情を孕んでいながら何でこんなに色っぽく歌えるのかが不思議でならない。この曲は明菜さまの独特な英単語の発音が好きだったりする。これは前年の全英語詞アルバム「Cross My Palm」の成果と言えるだろう、日本語→英語→日本語、と違和感なく流れていく。ただアルバム全体のイメージは"運命の女"と言うよりもうひとつの意味である"魔性の女"の方が近い気がするけど、どうだろう。前作「Stock」の延長戦とも言える、噛みつく様な大迫力ボーカルで聴かせる「I Know 孤独のせい」も英語の発音が堪りません。英語なんだけどちょっとフランス語っぽく口先をもごもごさせてるような感じで、この我流の発音が日本語→英語→日本語という流れが綺麗に繋がるようにしている。いつの間にか邦楽もこういう詩作の曲が増えたけれども、英語を全部カタカナに変換してるような人が多い気がするので、是非とも手本にして頂きたい。

B面トップバッターを飾る「La Liberté」は淡々と進んでいく平歌からサビで一気に爆発する、という明菜歌唱の極致にある傑作ナンバー。外国人作家による曲なのだがメロディのキャッチの強さはアルバム中これが一番。ファン人気も高い曲。終始喉開きっぱなし、と言った感じで野獣のように大迫力で歌い倒しているのだが、やはり下世話に聴こえないのがホント、凄いよな。
っと、言ったところで自分は次の「So Mad」の方が好きだったりします。「不思議」「Wonder」で明菜さまとタッグを組んで先行するシングル「TATTOO」でも独特の世界を作り上げたEUROXのメンバー・関根安里の曲で、歌謡曲的な展開とは一線を画する変則的なメロディが堪らない。艶っぽく抑えて歌う平歌から一気に野獣のように変貌する大迫力のサビ、というこれも明菜歌唱の王道。少しクールダウンするようなブリッジ部分が特にお気に入り。続く「Paradise Lost」は疾走感溢れるスリリングな楽曲。この曲に限らずアルバム全体に言えることなのだが、サウンドが完璧に洋楽趣向で塗り固められた作品なので、歌謡曲・J-POP的なキャッチの強さを求めるとあれっとなるかもしれない。自分も最初聴いた時は右から左へ、といった感じだったのだが、聴き込むとやはりこの迫力あるボーカルと洋楽サウンドの魅力は捨て難いと思える。ロック歌手顔負けのシャウトを聴かせる「Move Me」も良曲。「くせになる男(ひと)ね」と歌うボーカルの色気には鳥肌が立つし、よーく読み込むと割とえげつない詩作も彼女が歌うとまるで聖書のように聴こえてくるマジック炸裂。
ラストを飾る「Jive」のような完成度の高い楽曲をシングルカットしないあたり、当時の明菜さまの勢いを感じさせる。ここに来てアルバムタイトル"Femme Fatale"とは一体何者であるのか、という種明かしをするような詩作と、80年代の明菜さまを語る上で欠かせない重要作家である都志見隆によるキャッチの強いメロディが印象的なダンスミュージック。明菜さまのボーカルコントロールも絶妙で、「私 悪者になっても 後悔したくない」とクールダウンして「今以上知りたいだけ 明日の事を」と溜めてからサビで豹変するさまはこれ以上ないほどに完璧である。「So Mad」と並びこの曲を個人的に今作ではベストトラックとしたい。

このアルバムの成果はある意味、80年代における中森明菜という歌手の集大成とも言える。どんなに英語の発音を完璧にしようと、作家陣を海外のミュージシャンで固めようと、歌い手が日本人ならやってることは所詮"擬似"洋楽でしかない、という変えようのない事実を逆手に取った完璧かつ見事なプロダクトで制作された名盤である。ここに来て彼女は邦楽と洋楽、その間を流れる越え難い大河を橋渡しするように融合させ、名実共に"歌謡界最後の歌姫"の座に君臨するに至るのである。個人的には、80年代の中森明菜一連の名作群の中でも1、2を争う傑作だと感じられるし、今日に至るまでの彼女の音楽性に繋がる、非常に重要な意味を持った一枚でもあると言えるだろう。

≪10/10点≫

Femme Fatale
中森明菜
ワーナーミュージック・ジャパン
2014-01-29