bitterandsweet
BITTER AND SWEET - 1985.4.3/1位/55.6万枚
【収録曲】
01.飾りじゃないのよ涙は【作詞/作曲:井上陽水/編曲:荻田光雄】
02.ロマンティックな夜だわ【作詞/作曲:EPO/編曲:清水信之】
03.予感【作詞/作曲:飛鳥涼/編曲:椎名和夫】
04.月夜のヴィーナス【作詞:松井五郎/作曲/編曲:松岡直也】
05.BABYLON【作詞:SANDII/作曲:久保田麻琴/編曲:井上鑑】
06.UNSTEADY LOVE【作詞/作曲/編曲:角松敏生】
07.DREAMING【作詞:斉藤ノブ/作曲:与詞古/編曲:AKAGUY】
08.恋人のいる時間【作詞:SHOW/作曲:神保彰/編曲:井上鑑】
09.SO LONG【作詞/作曲:角松敏生/編曲:角松敏生、瀬尾一三】
10.APRIL STARS【作詞/作曲:吉田美奈子/編曲:椎名和夫】

85年4月発売、中森明菜8枚目のオリジナルアルバム。実質のパイロットシングルとなった「飾りじゃないのよ涙は」での井上陽水を始めとする、EPO、清水信之、飛鳥涼、松岡直也、角松敏生、吉田美奈子といった豪華作家陣を迎えた力作。このアルバムの成果により、デビュー4年目、20歳を目前にしてようやく歌手・中森明菜が花開いたと言えるだろう、かつて「スローモーション」「セカンド・ラブ」で見せた少女の煌めきと、後の「DESIRE」「TATTOO」などで披露する自立した大人の女性の魅力(の片鱗)、そのふたつが同時に存在している名盤である。

プロデュースは前作「POSSIBILITY」に引き続き島田雄三、これに加え本作はスーパーバイザーに角松敏生を迎えておりこれが功を奏したのか、ここまでの作品の中ではもちろん、今日に至る明菜さまの全作品を見渡した中でも最も開放的で、明るく弾んだ雰囲気が漂うアルバムに仕上がっている。"BITTER AND SWEET"というタイトルの通り、LPやカセットでのA面に相当する部分である1曲目から5曲目まではビターテイスト、成熟した女性の憂いのある色気や輝きを、B面に相当する6曲目から10曲目にはスイート、恋と戯れる少女の煌めきが、先に挙げた豪華作家陣たちによる楽曲と、何よりこれらの楽曲を軽やかに歌いこなす明菜さまによって演出されている。それとは別に、このアルバムでは明確にアップテンポとスローバラード系の曲とが線引きがされていて、そうした意味でもこのアルバムタイトルはかなり秀逸であることが分かる。

アップテンポ系の曲から見ていこう。
アルバムは今作収録にあたり大胆なリミックスが施されたヒットシングル「飾りじゃないのよ涙は」で幕を開ける。井上陽水によるそれまでの"ツッパリ"という彼女のイメージの呪縛を逆手に取ったこの曲は以降、歌手・中森明菜のスタンダードナンバーとなり永く歌い継がれている名曲である。今日に至るまで多くの歌手によってカバーもされているので、ある程度邦楽に関心を持っている人ならこの曲を知らない人はまず居ないだろう。「ロマンティックな夜だわ」は明菜さま本人も好んで聴いていたというEPOによる都会の夜の煌びやかさが漂う傑作ナンバー。楽曲の出来は申し分なく、ボーカルコントロールもかなり頑張っている方だとは思うが、この曲に関してはもうあと2年待った方が良かったかもしれないと感じる。この時点ではまだ少し声が幼いので背伸び感が拭えないが、しかしそれもこのアルバムの中においては美点になっている。是非今の明菜さまの声で聴きたい一曲。「月夜のヴィーナス」は先立って発売されたシングル「ミ・アモーレ」(次作「D404ME」収録)を作曲した松岡直也(ご冥福をお祈りします)による変則的なメロディの一曲。この曲もまだこの時点では声質が幼いのが惜しいのだが、そのあと一歩届かず、というもどかしさも微笑ましくて好印象。「BABYLON」は後に「DESIRE」やアルバム「Stock」の明菜さまに繋がるハードなロックナンバー。本当にこの当時19歳かよ、っと思わず突っ込みたくなってしまうほどに前後の曲とのボーカルの表情の変化、複雑な構成の楽曲をここまで華麗に歌いこなしてしまう、ボーカリストとしての明菜さまの実力に完敗、乾杯。

B面トップバッターを飾るのは角松敏生によるキャッチーな良質ポップス「UNSTEADY LOVE」、彼女が後に「難破船」や「LIAR」のような重い失恋ソングを歌うようになるだなんてこの頃は誰も想像出来なかっただろう、あるひとつの恋の終焉をここまで暗くならずに、軽やかに歌いこなす明菜さまはかなり貴重である。いっそ別れて清々した、と言わんばかりに"さよなら~♪"と弾むように歌うボーカルに、今日では驚く人がかなり居るんじゃないかと。角松敏生のサウンドは良く言えば個性的、悪く言えばアルバム中のワンポイントでは浮いてしまいがちになるので、B面一曲目に持ってきたのは大正解。
傑作揃いの本作だが個人的にベストトラックとして推したいのは「恋人のいる時間」かな。タイトル通り恋をしてる時は何もかも輝く、といった内容の曲なのだが、これが浮ついた感じは全くなく寧ろ少し憂いがあってクールなのが明菜さまらしいと言えるが、だからと決しては暗くはならない。愛すべき人がいることを素直に喜び、恋焦がれる存在があることでこんなにも世界は違って見えるのだ、と恋に煌めく彼女の姿が浮かんでくるよう。この曲での艶のあるボーカルは、まるでキラキラと光を纏っているようでとても美しい。

バラード系の曲でも、この僅か数年後に暗く重い楽曲を歌う彼女の姿からは想像も出来ないほどに、良い意味での"軽さ"が特徴的。「予感」は明菜さま本人もお気に入りの曲なのだろう、幾度となくライブで歌い継いでいる、恋の終焉を"予感"している少女の心境を綴った傑作バラード。私生活がどうであれ、音楽家としての飛鳥涼は間違いなく天才である。「DREAMING」はバラードと言うよりミディアムテンポの、明菜さまには珍しく"アイドルらしい"一曲。なんとなくだが、オルゴールの音色に合わせくるくると回る可愛らしい少女の人形のイメージが浮かぶような、そんな曲。角松敏生の独創的なサウンドに瀬尾一三によるストリングス・アレンジが加えられた「SO LONG」も名曲だ。さしたるドラマは何も起こらない、タイトル通り恋人との別れを淡々と歌った曲なのだが、これもまた明菜さまのフェイバリットナンバーのようでライブで何度も歌われている。「Blue On Pink」などもそうだが、彼女自身が壮大でドラマチックな曲よりも、こうしたさり気ない哀切を歌った曲が好きなのだろうな。ラストを飾る「APRIL STARS」は何気に明菜さまとの相性抜群な吉田美奈子提供による。ここでの明菜さまのボーカルは吉田美奈子が歌うデモテープが被って聴こえてくるような感じで"それっぽく"歌っているのだが、やはりこの曲もこの時点では少し早すぎた気がしないでもない。それでも、アルバムラストにはふさわしい小品ではある。

翌86年の「不思議」でセルフプロデュースを開始する明菜さまですが、それ以降のアルバムは一枚一枚コンセプトもよく練られていて完成度も高いのだが、同時に"一見さんお断り"な雰囲気が漂っているのも確かで、そうした意味で振り返ると中森明菜の全アルバム中ではこれが最もポップで聴きやすい作品に仕上がっているのではないかな、と思われる。ここには「少女A」「1/2の神話」「禁区」などで定着した"ツッパリ"というイメージに縛られている中森明菜も、「難破船」「水に挿した花」などの、人によっては思わず目を背けたくなるような重く痛々しい中森明菜も居ない。後に「Femme Fatale」-「SHAKER」-「DESTINATION」-「DIVA」と繋がる、精鋭的なサウンドと様々なタイプの曲を全て自分の血肉とし歌いこなすボーカリストとしての稀有な実力、そして恋愛の一瞬一瞬に潜む喜びや悲しみを的確に表現することが出来る才能の片鱗とその原点を窺い知ることが出来る、そんなアルバムである。

≪9/10点≫

BITTER AND SWEET AKINA NAKAMORI 8TH ALBUM
中森明菜
ワーナーミュージック・ジャパン
2014-01-29