不思議
不思議 - 1986.8.11/1位/46.4万枚
【収録曲】
01.Back door night
02.ニュー・ジェネレーション
03.Labyrinth
04.マリオネット
05.幻惑されて
06.ガラスの心
07.Teen-age blue
08.燠火
09.Wait for me
10.Mushroom dance

このアルバム聴かずして、中森明菜を語るべからず。初のセルフプロデュース作品にして、発表後30年の月日を経た今日でも日本の音楽業界において奇怪な電波を放ち続けるキャリア史上最大の問題作、通算9枚目のオリジナルアルバム「不思議」を紹介。

中森明菜は天才ではあるが、秀才ではない。改めてその事実を認識させられるような作品であると思う。彼女のフロンティア精神というのは確かに間違いはなく、後年振り返ると実に様々な場面で先見の明を発揮しているのが分かるんだけど、そのひとつひとつが強引すぎるというか、力技で何とか仕上げている感が否めないんですね。しかし何の脈略もなく突飛なことをやらかす割に、何故このような作品を出すに至ったのかという説明は一切しない。ただ作品のみが我々の前に差し出され、それが実に様々な波紋を呼ぶ(山下達郎による「駅」批判騒動が典型的な例)。

この「不思議」がどういうアルバムか。色々説明のしようはあると思う。企画自体はハワイのディゴドンという人形をモチーフにしたという不気味なジャケット写真も含めて、かの有名なホラー映画「エクソシスト」にインスパイアされて発案したらしく、音楽的には当時イギリス・ロンドンを発信地として欧州でブームとなっていたニューロマンティック(V系の始祖)の要素を取り入れたプログレッシブ・ロック、ということになるのかな。今となってはあまり語られないが、和製デヴィッド・ボウイと呼ばれた沢田研二と並んで、彼女はその後の日本のV系シーンに多大な影響を与えたアーティストのひとりである。

しかしそれだけなら当時のトレンドを反映した時代のサウンドトラック、だけで終わってしまう代物である。しかしそれだけで終わらないこのアルバムの特異性というのは……文章で書くよりも聴いてもらった方が早いのだが、簡単に言えば「中森明菜の声がほとんど聞こえない」という部分にある。もっと言えば、最初から最後まで聞こえてくるのは「中森明菜"らしき"女性のうめき声」のみである。
どういうことか。日本語で綴られた歌詞は確かに存在しているのに、そのあるはずの歌詞が、言葉としてほとんど聞こえないのだ。と言うのも、ボーカルはもちろんサウンド全体に過剰なエフェクトがかけられていて、聞こえてくる声はほとんど残響だけ(お風呂で歌った時にわんわん反響する声を更に過剰にした感じって言えば分かりやす…くないか、うーん)という状態に仕上げられているため。曲によっては歌詞カード見ながら聴いてもどこを歌ってるのか判別不可能なほどである(大袈裟ではなく、本当に)。そして僅かながらに判別できる声も、ほとんど全曲に渡って"うわあぁぁぁ"だの"おおおぉぉぉ"だののオンパレードであり、それがまた強すぎるリバーブ効果によって地獄からの呼び声と言わんばかりにホラーな雰囲気を演出している。
全曲こんな状態なので、このアルバムが発売された直後には「声が全然聞こえない。不良品なので交換してほしい」という苦情がレコード会社に多数寄せられた、というエピソードまで残っている。そりゃそうだろう、中森明菜のアルバム買ったのに、中森明菜の声が全然聞こえないアルバムなんて、普通に考えれば言語道断である。なぜ、彼女はこのような作品を発表したのか。

明確にそのような発言をしたことはあまりないが、常々明菜さまは「音楽とは、聞いている人間に何らかのイメージを思い起こさせるべきもの」というような考えであるようで、そのためには「自分の歌声も楽器の一部として扱う」ことをボーカリストとして心がけている節があって、結果的にこの「不思議」から最新作「FIXER」に至るまでの30年間、彼女は延々と様々なトライ・エラーを繰り返すこととなるのだが、そうして振り返ってみればこのようなアルバムを作った意味、必然というものが何となく見えてくる。

この「不思議」をリリースして僅か4ヶ月後、彼女は「CRIMSON」というこれまた多くの賛否両論を巻き起こすアルバムを発表する。そして翌87年に発表した全英語詞アルバム「Cross My Palm」と合わせたこの3枚に共通して言えることは、いずれのアルバムでも彼女は意図的に言語解体を行った、ということ。歌詞が云々、メロディーが云々ではなく、声とバックトラックの相乗効果でエモーショナルな表現を構築する……極端に言えば歌詞に意味がなくても、それこそ全部「ラララ~」みたいな感じだったり、意味の分からない異国の言語で歌っても、聞き手に何らかのイメージを想起させることが出来るような、そんな楽曲を、声を作り上げることを目標にした、と。

このような表現手法はその後ビョークやらエンヤやら、レディオヘッド(トム・ヨーク)やらシガーロス(ヨンシー)やら、北欧を中心に意図的な言語解体を行うアーティストの登場、メジャー化によって、日本でもエレクトロポップの普及やリミックスの一般化によって音楽表現の一種として認知されるに至るのだが、しかしそれらはあくまで90年代以降の話。86年という時代においていち早く、しかもこのアルバムを発表した当時の明菜さまは「DESIRE」「ジプシー・クイーン」をヒットさせていた真っ最中、世間的には所謂"アイドル歌手"であって、そんな彼女がこのような表現手法に取り組んだことは当時多くのリスナーには異質としか映らなかった。

確かに無理もない、とは思う。自分で楽器を演奏する人間ならともかく、歌ってナンボ声を聞かせてナンボの歌手が、肝心の声が全然聞こえないアルバムを出すって、そりゃないでしょうよという批判も十分可能であるし、間違いではない。このアルバムはまずフルパワーでいつも通り歌っている明菜さまのボーカルを、ミキシングの段階でエフェクトかけて何が何やら状態にしている代物なので、ここにボーカリストとしての実力が発揮されているか、と言われればこの時点では微妙なのだ(―っと、明菜さまも自覚済みだったのか、次作「CRIMSON」では最初から意図的に小さな声で歌い、機械に頼らず「声の聞こえないアルバム」に仕上げている。これが後に山下達郎に批判されるわけですね)。であるから、このアルバムを「時代を先取りしていた作品」という好意的な評価を下すリスナーがいる一方で、「失敗作」「怪盤」とするファンや批評家も数多い。
結果は間違いではない。やろうとしてることも分かる。だけどその方法が決して器用とは言えない。だから明菜さまは天才だけど、決して秀才ではないよね、ということをこのアルバムを聴くたびに思い知らされるわけである。

とは言えそんな好き嫌いや良し悪しは別にして、中森明菜が歌手として表現者として非常に特異な性質の持ち主であることは、このアルバムを聴けば一発でよく分かると思う。自分は正直な話、アイドルとしての中森明菜にも、エンターテイナーとしての中森明菜にも、時代に翻弄される悲劇のヒロインとしての中森明菜にも大した興味はなくて(もちろんそれらひとつひとつが彼女の魅力を構成する重要な要素である、っては分かってますよ)、純粋に優れた邦ポップスシンガーのひとりとして中森明菜を崇めているので(だから華麗に歌って踊る中森明菜、には別に思い入れや執着はないんですよね。素晴らしい音源を届けてくれればそれでよし、と)、このようなリーサルウェポン的なアルバムを世に送り出した、というだけで自分にとっては大いに尊敬に値するわけです。

だ・か・ら、最初に戻る。このアルバムを聴かずして、中森明菜を語るべからず、ですよ。ベスト盤だけ聴いて「所詮は昭和のアイドル」だとか「意外と大したことない」だとか思われちゃ堪ったものじゃない、という話っすよ。中森明菜を議論するのに最低限押さえておくべきアルバムの一枚ですから、ライトリスナーの方はこれ、きちんと覚えておくように、いいね?

終わり。っと、思ったら曲の紹介全然してませんでした、えー……とは言っても全曲、上で説明した通り歌詞が全然聞き取れない辛うじて判別できるのはうめき声のみ、な感じなので文章で表現しようがないんすが。
――では、いくつか個人的にお気に入りの曲を。
まず冒頭「Back door night」は最高です。好きすぎてこのブログのドメインにもしてしまった。暗闇の中にぼんやりと光る夜光塗料のように怪しさ全開の何を言わんやなボーカル(―サビ前の「ふっふっふっふ~」が不気味すぎて凄い好き)、エフェクト過剰で大洪水状態のプログレサウンド(―間奏に差し込まれるバイオリンは完全にV系の世界です)、これらの相乗効果により今から悪魔でも召喚するんか、って感じのゴシックな雰囲気があぁ最高、の一言。
続く「ニュー・ジェネレーション」は"毒色ハピネス見せてあげたいわ"というフレーズが凄まじくV系だし(―って言ってもほとんど聞き取れませんが)、「Labyrinth」はもう声が完全に融解してバックの音に溶け込んじゃってます。二色の絵の具が滲んで混ざってる感じ。
そして「幻惑されて」は完全にホラー。他の曲は聴き慣れれば割と部分的に何言ってるのか分かるんですが、この曲は冗談抜きに最初から最後まで"おおおぉぉぉ"しか聞こえない。何だこれ。全くもって意味不明。「燠火」も歌詞は普通のラヴソングなのに、番町皿屋敷風というかジャパニーズホラー的な光景が浮かぶような仕上がりで、雰囲気だけでここまで不気味さ恐ろしさを演出してるのは凄いと思うけど、やり過ぎです。だが、それがいい。
そしてラストの「Mushroom dance」は普通のアレンジ・ボーカルならキャッチーなロックナンバーなのでしょうが、歌詞にも出てくるようにまさに「うしろの正面、だあれ?」的なホラーソングになってしまっている。最後は延々と「サヨナラ」とリフレインしながらフェードアウトしていく。こ、こわいよう。

さてさて、そんな感じにほとんどホラー映画のサントラ風にカオスで不気味、賛否両論なこの「不思議」というアルバム。当ブログではもちろん名盤認定でありますが、決して太鼓判を押せるものではない、というただし書きを付け加えておきます。しかし聴いた人間に色んな意味での「衝撃」と「恐怖」を与える作品であることには違いありません。それも含めて「不思議」なのでしょうかね。

≪10/10点≫

M1.【作詞:麻生圭子/作曲/編曲:EUROX】
M2.【作詞:竹花いち子/作曲/編曲:EUROX】
M3.【作詞:麻生圭子/作曲/編曲:EUROX】
M4.【作詞/作曲:安岡孝章/編曲:EUROX】
M5.【作詞:吉田美奈子/作曲/編曲:EUROX】
M6.【作詞:SANDII/作曲:久保田真箏/編曲:井上鑑】
M7.【作詞/作曲:吉田美奈子/編曲:椎名和夫】
M8.【作詞/作曲:吉田美奈子/編曲:吉田美奈子、椎名和夫】
M9.【作詞:SHOW/作曲/編曲:EUROX】
M10.【作詞:SANDII/作曲:久保田真箏、井上ケン一/編曲:EUROX】